なぜ、同じ教室、同じ学校なのに、子どもたちの表情や主体性がまったく違うのでしょうか。
毎日子どもたちと向き合っていると、ふとそんな疑問が頭をよぎります。子どもが変わったわけでも、先生の熱量が足りないわけでもありません。違いを生んでいるのは、教室に流れる「空気感」、つまり環境そのものなのです。
以前、ある学校の教室を訪れたときのことです。チャイムが鳴っても慌ただしくおしゃべりが続き、先生が「静かにしなさい!」と大きな声を張り上げる。そんな光景を目にしました。先生も子どももどこか疲れていて、教室全体が重たい空気に包まれていました。
一方で、別のクラスでは、子どもたちが自然に席につき、隣の友達と今日の課題について楽しそうに言葉を交わしている。先生は一歩引いた場所からその様子を見守り、穏やかな笑顔で授業をスタートさせる。この違いはどこから生まれるのでしょうか。
私たちはよく「もっとやる気を出してほしい」「主体性を持って動いてほしい」と子どもたちに求めがちです。でも、人の行動を決めるのは根性ではありません。その人が身を置く「環境」です。
学校は、子どもたちが幸せになるためにあります。では、幸せを実感できる学校とはどんな場所でしょうか。私は、「明るく 愉しく 元気よく」という言葉の中に、その答えの本質があると考えています。
ただし、これは単なるノリの良いスローガンではありません。ここには深い教育の哲学が込められています。
まず「明るく」とは、知的に明るいということです。知識や教養を身につけ、自ら考え、見通しをもって物事を判断できること。知る喜びを知っている状態です。
次に「愉しく」とは、人との関わりや学びを心から喜び、互いを認め合いながら豊かな人間関係を築くこと。人は人の中でしか人になれません。一人ひとりが大切にされる温かい居場所があるからこそ、人は安心して自分を表現できます。
そして「元気よく」とは、心身ともに健やかで、何事にも前向きに挑戦すること。失敗を恐れず、一歩を踏み出すエネルギーに満ちている状態です。
これらは学校教育の基本である「知・徳・体」の三つが、子どもたちの言葉に置き換わった姿そのものです。知る楽しさがあり、人と生きる喜びがあり、毎日を元気に過ごせる。そんな日常の積み重ねが、子どもたちの内側から主体性を引き出します。
これは学校の教室だけに限りません。家庭でも、スポーツのチームでも、職場の組織でもまったく同じです。誰かを責めたり、個人の努力不足にしたりする前に、私たちがいる「環境」はどうなっているでしょうか。
あなたがリーダーとして、あるいは支える立場として、周りの人が思わず挑戦したくなるような空気をつくれているでしょうか。
環境を変えることはできます。それは特別な才能がなくても、日々のちょっとした言葉がけや、挨拶のトーン、教室やオフィスのレイアウトを変えることから始められます。
まずは明日、いつもより少しだけ明るく「おはよう」と声をかけてみる。それだけで、目の前の空気は確実に変わり始めます。
あなたの周りには、人が笑顔で挑戦したくなる

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