【第8回】 主体的にさせたいなら、「何を育てたいか」を決めろ 〜問いの前に、哲学がある〜

こんな声、よく聞きます。

「問いを変えるって言われても…」
「どう聞けばいいか分からない」
「結局、何が正解なんですか?」

とても正直な反応です。

でも、ここに大きなズレがあります。

問いの前に、“何を育てたいのか”が決まっていない。

だから、迷う。

例えば、「分かった人?」と聞く先生。

このとき育てたいのは何か。

おそらく、“正解できる力”です。

では、「どこが難しかった?」と聞く先生。

このとき育てたいのは何か。

“自分の学びを振り返る力”です。

同じ場面でも、問いの違いは、育てたい力の違いです。

つまり、問いはテクニックではない。

哲学の表れです。

ここがつながらないと、新任の先生ほど混乱します。

「こう聞けばいいんですよ」と教えられても、

なぜそれを聞くのか分からない。

だから結局、元の問いに戻ってしまう。

では、どうするか。

シンプルです。

先に決める。

この授業で、何を育てたいのか。

知識なのか。
思考なのか。
判断なのか。
それとも、自分で学びを進める力なのか。

もし後者なら、問いは変わるはずです。

例えば①

「正解はどれ?」ではなく、「どうやって考えた?」

正解よりも、思考を大事にする問い。

例えば②

「できた人?」ではなく、「まだ迷ってるところ、どこ?」

完成よりも、過程を大事にする問い。

例えば③

「次はこれをやります」ではなく、「今、何をするのがよさそう?」

指示ではなく、判断を促す問い。

すべてに共通しているのは、子どもに“考えさせる”という意志です。

ここが決まっていれば、問いは自然と変わります。

逆に言えば、ここが曖昧だと、どんな技術も意味を持たない。

ここで問いです。

あなたは、何を育てたいですか。

知識を持っている子ですか。

それとも、自分で考えて動ける子ですか。

主体性とは、問いかけの工夫で生まれるものではありません。

育てたい姿を、本気で決めたときに生まれます。

最後に。

問いを変える前に、目的を決める。

それだけで、すべてがつながります。

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