戦争は始まってしまった。
遠い国の出来事だと言えばそうかもしれない。
国家と国家の衝突だと言えばそうかもしれない。
けれど、教室で起きる喧嘩を思い出す。
当事者同士がヒートアップしているとき、
周りの子どもたちはどうするか。
煽る子もいる。
動画を撮る子もいる。
見て見ぬふりをする子もいる。
でも――
間に入る子がいる。
空気を変えようとする子がいる。
世界も同じではないか。
■ 言葉だけでは変わらないなら
「戦争反対」と何万回叫んでも、
現実はすぐには変わらないかもしれない。
だったら。
共通の歌を歌うのはどうだろう。
かつて、アフリカの飢餓のために作られた
We Are the World。
世界中のアーティストが一つになり、
「私たちは世界だ」と歌ったあの曲。
そして、
Imagine。
国も宗教も境界もない世界を想像しよう、と歌った歌。
あれは単なるヒットソングではなかった。
「共感」を形にした出来事だった。
■ 歌は、対立を越える
歌には不思議な力がある。
議論は分断を生むことがある。
正論は相手を追い詰めることがある。
でも、合唱は違う。
同じメロディーを、同じテンポで、同じ言葉を口にする。
そこには、
勝ち負けがない。
正しさの奪い合いがない。
ただ、「一緒にいる」という感覚がある。
■ 世界同時に歌うという選択
例えば――
世界中で同じ日に、同じ時間に、それぞれの場所で
We Are the World を歌う。
あるいは Imagine を歌う。
全員じゃなくていい。
学校単位でもいい。
地域でもいい。
オンラインでもいい。
数百人でも、数千人でも、数万人でも。
それが映像でつながれば、きっと何かが動く。
■ Z世代と一緒にやる意味
Z世代は、オンラインでつながることに慣れている。
ハッシュタグ一つで広がる。
動画一つで共感が連鎖する。
彼らは「拡散」のプロだ。
もし、怒りではなく、共感を拡散したらどうなるだろう。
もし、対立ではなく、合唱を拡散したらどうなるだろう。
■ 喧嘩を「眺める側」にならないために
教室の喧嘩を、
ただ遠巻きに見ているだけの存在にならない。
煽る側でもなく、
無関心でもなく。
空気を変える側になる。
戦争という巨大な衝突を、
国家と国家の対戦構造でしか見ないのではなく、
一般市民が一般市民として
別の回路をつくる。
それは武器ではなく、
歌という回路。
■ このブログから始められないか
壮大でなくていい。
「今度の合唱で歌おうか」
「動画を撮ってつなげてみようか」
「卒業式で歌ってみようか」
小さな一歩でいい。
世界を変えるのは、
大統領だけじゃない。
空気を変えるのは、いつも市民だ。

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