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【第6回】 「名人ならできる」は、本当に学校改革の答えになるのか 〜“個人技の教育”から、“環境で育つ教育”

この話をすると、必ず出てくる反論がある。「一斉前向きでも育つ」「力量のある教師なら、主体性は育てられる」「結局、教師の力量の問題でしょ」この反論は、かなり強い。しかも、半分どころか、かなり本質を含んでいる。実際その通りだと思う。一斉前向きの...
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【第5回】 「荒れるから前向き一斉」は、本当に正しいのか 〜子どもの爆発を“防ぐ”のではなく、“起こりにくくする”という視点〜

この話をすると、かなりの確率で返ってくる言葉がある。「それは、荒れを体験したことがないから言えるんだよ」この言葉には、重みがある。現場で本当にしんどい思いをしてきた人ほど、この言葉を口にしたくなる気持ちは分かる。 • 学級が落ち着かない •...
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【第4回】 その「前向き一斉」、本当に子どものためですか? 〜管理しやすさと教育を、取り違えていないか〜

よく、次のようなことを言われる。「1年生に主体的なんて無理でしょ」「まだ話を聞けないから」「目が合ったらすぐしゃべるから」「グループやコの字なんて、落ち着かなくなる」この手の言葉は、本当によく聞く。でも、そのたびに思う。本当に、無理なのだろ...
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【第3回】 主体的な学びをつくるために、たった一つだけ変えるとしたら 〜方法ではなく、“教室のデフォルト”を変える〜

ここまで2回にわたって、 • 「主体的」と「自主的」は違うこと • 主体的とは授業の形ではなく、子どもの状態であること • その状態をつくるのは、方法だけでなく、日常のデフォルト環境であることを書いてきました。では、結局、何を変えればいいの...
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【第2回】 主体的な学びが育たないのは、子どものせいじゃない 〜“必要な時だけ”という発想が、なぜうまくいかないのか〜

前回、主体的とは「授業の形」ではなく、「子どもの学びの状態」であるという話を書きました。では、その状態は何によってつくられるのか。今日は、その話です。結論から言えば、私はかなり本気でこう思っています。主体的な学びが育ちにくいのは、子どもたち...
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【第1回】 主体的って、結局どういうこと? 〜「自主的」との違いを、ちゃんと分けて考えたい〜

4月になると、学校の中にはきれいな言葉が並びます。「主体的・対話的で深い学び」「自ら学ぶ子」「主体性の育成」でも、正直に言うと、この言葉たちって、分かったようで、実は分かっていないまま使われていることが多い気がしています。そしてその“分から...
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教務主任として、たった一つのお願い

教務主任という立場になると、どうしても「お願い」が増える。提出してください。確認してください。修正してください。共有してください。期限を守ってください。きっとこの一年、いろいろな依頼を出すことになると思う。でも、そういう“依頼”とは別に、自...
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やるべきことはやる。やらない方がいいことはやらない。

学校で働いていると、毎日いろいろな判断がある。これをやるべきか。ここまでやるべきか。これは今やるべきか。これは本当に必要なのか。そして時々、こんな空気も流れる。「で、結局、何をしたらいいんですか?」「逆に、何をしない方がいいんですか?」これ...
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何をするかより、何のためにするのか

4月1日。新しい年度が始まる日。新しい校長先生の学校経営方針が示され、学校全体が「今年、どこに向かうのか」を見つめる日でもある。そんな日に、教務主任として自分は何を伝えるべきだろうかと考えた。もちろん、教務として伝えなければいけないことはた...
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子どものせいにしない ― たった一言で、教員人生は変わる ―

「子どものせいにしない」この言葉は、自分が初任から5年目のときに出会った主任の先生から、いただいた言葉です。今振り返ると、4年目までの自分は、教師だったとは到底言えません。いや、“教員”ではあったかもしれないけれど、教師ではなかった。そう思...