
「あの人、すてきだよなあ。」
「まさか、こんなところに、こんなにすごい人がいるなんて。」
学校の現場でも、職場でも、部活動でも、ふとしたところで、そんな出会いがある。
人として、こんなに素敵な人が、どうして今までここにいたんだろう。もっと早く出会っていたら、もっと早く評価されていたら、そう思う人がいる。
上司から見れば、まさに「掘り出し物」なのかもしれない。思いがけず見つかった、大きな「得」だ。
でも、そんなとき、人はふと思う。
「なぜ、今まで評価されなかったんだろう。」
きっと、理由は一つではない。
人には、それぞれ違う環境がある。誰かに潰されてしまったのかもしれない。一つの方向からしか見てもらえなかったのかもしれない。たった一人の評価が、その人の評価として広がってしまったのかもしれない。
そもそも、人の評価なんて、見る人によって変わる。
Aさんにとって「とてもいい人」が、Bさんにとっては、そうでもないことがある。Bさんと相性のよくないCさんが評価すれば、また違う評価になる。
だったら、その「評価」とはいったい何なのだろう。
だからこそ、人を人の噂だけで見ないようにしたい。
誰かから聞いた話を、そのまま自分の事実にしない。好き嫌いだけで、その人の価値を決めない。
自分の目で見る。その人が何をしているのか。誰にどう接しているのか。困ったときにどう動くのか。誰も見ていないところで、どんな姿を見せているのか。
そこに、その人の本当の姿があるのだと思う。
そして、素敵な人は、むやみに人を低く言わない。
人の評価を下げることで、自分の価値を高く見せる必要がないからだ。
誰かのことを「ダメな人だ」と決めつけるのではなく、目の前にある事実を見て、その人自身と向き合う。
人は、誰かから貼られたレッテルによって、簡単に見え方が変わってしまう。
でも、そのレッテルが、その人のすべてではない。
もし、長い間、正しく見てもらえなかった人がいるのなら、その人はきっと、辛い時間を過ごしてきたのだと思う。
「どうして自分だけ。」
そんな思いをしたこともあったかもしれない。
それでも、そこで腐らずに、人を恨むことだけに時間を使わず、自分の場所で歩き続けてきた。
その時間が、その人を育てたのかもしれない。
人の痛みが分かるようになった。人を簡単に決めつけなくなった。誰かの失敗を笑わなくなった。噂ではなく、目の前の事実を見るようになった。
だから今、その場所に立っている。
「掘り出し物」というのは、単に隠れていた才能を見つけた人のことではないのかもしれない。
誰にも見つけてもらえない時間を、それでも自分らしく生き抜いてきた人。
評価されなかった時間も、傷ついた経験も、遠回りした時間も、すべてがその人の強さになっている。
だから、もし今、自分は評価されていないと思っている人がいたとしても、焦らなくていい。
あなたの価値を、たった一人の評価で決めなくていい。
いつか、ちゃんと見てくれる人に出会う。
そして、その人はきっと言う。
「なんで、こんな人が今まで埋もれていたんだろう。」
その瞬間、あなたは「掘り出し物」になる。
いや。
本当は、ずっと掘り出し物だったのだ。
ただ、まだ見つける人が現れていなかっただけなのだ。
だから、掘り出し物になろう。
人を噂で判断しない。人を簡単に決めつけない。目の前にいる人を、自分の目で見る。そして、自分自身も、誰かの評価だけで諦めない。
いつか誰かに、「この人、こんなところにいたのか」と思ってもらえるような人になろう。
そして、あなたの周りに、そんな人はいないだろうか。
本当は素敵な力を持っているのに、なぜか正しく評価されていない人。噂や、事実とは違う話によって、いつの間にか一つのレッテルを貼られてしまった人。
もし、そんな「掘り出し物」のような人がいたら、その人を自分の目で見てあげてほしい。
そして、その人を噂や事実と違うことで悪く言う人がいたとしても、少しだけ見方を変えてみよう。
もしかすると、その人もまた、自分を守るためにレッテルを貼っているのかもしれない。
誰かを「悪い人」と決めつけることで、自分の立場や安心を守っているのかもしれない。
だから、そんな人さえも、少しだけ可哀想な人として見てあげよう。
人を低くすることでしか、自分を守れないのだとしたら。
本当に強い人は、人を低くしなくても、自分の価値を信じられる人だから。
掘り出し物は、どこにでもいる。
もしかしたら、あなたのすぐ隣にも。
そして、もしかしたら。
まだ誰にも見つけてもらえていない「掘り出し物」は、あなた自身なのかもしれない。

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