
その一言を、信じる前に
仲の良いAさんが、あなたに言いました。
「ねえ、Bさんって、ちょっと嫌な人だよね。」
あなたは、Bさんのことを、特に好きでも嫌いでもありません。
でも、Aさんはあなたが信頼している友達です。
「Aさんがあんなに言うんだから、きっとBさんは嫌な人なんだ。」
いつの間にか、そんな見方をするようになりました。
Bさんが誰かと話していると、
「また何かしてるのかな。」
Bさんが近くにいると、
「やっぱり、ちょっと苦手だな。」
そう思うようになりました。
でも、ある日、ふと考えました。
「待てよ。」
「自分は、Bさんから何か嫌なことをされたことがあっただろうか。」
考えてみると、特に思い当たりません。
自分がBさんを嫌いになった理由。
それは、自分がBさんと関わった経験ではありません。
Aさんから聞いた話でした。
そこで、あなたはBさんと少し話してみることにしました。
すると、意外なことが分かりました。
Bさんには、Bさんなりの考えがありました。
困っている友達を助けていることもありました。
自分が知らなかったBさんの一面も、たくさんありました。
そのとき、あなたは思いました。
「Aさんは、Bさんのことをそう思っているんだ。」
「でも、Bさんがどんな人なのかは、自分の目で見てみよう。」
人から聞いた話だけで、人を決めつけてはいけない。
でも、本当に難しいのは、ここからです。
赤信号を、みんなで渡ったら?
例えば、赤信号。
赤信号では、道路を渡ってはいけません。
これは、みんなが知っている社会のルールです。
ところが、あるグループの中では、こんなことが当たり前になっていたとします。
「赤信号でも、車が来てなければ渡っていいじゃん。」
「青でも赤でも関係ないよ。」
「今までずっとそうしてきたんだから。」
みんながそう言って、笑っています。
そこへ、一人の人が言いました。
「いや、赤信号では渡らない方がいいよ。」
すると、周りから、
「真面目すぎるんじゃない?」
「そんなこと気にしてどうするの?」
「みんな渡ってるじゃん。」
そんな言葉が返ってきました。
さて、考えてみてください。
このとき、少数派になったその人は、本当に「おかしな人」なのでしょうか。
それとも、その人は、みんなが忘れてしまった大切なルールを思い出させてくれているのでしょうか。
もし、あなたがそのグループの一員だったら、どうしますか。
一緒になって笑いますか。
何も言わずに黙っていますか。
それとも、
「確かに、赤信号は渡らない方がいいよね。」
と言えるでしょうか。
「みんなが言っている」は、正しさの証明になるのか
人は、集団の中にいると安心します。
「みんながそう言っている。」
「みんながやっている。」
「自分だけ違うことを言うのは怖い。」
そんな気持ちになることがあります。
だからこそ、気をつけなければなりません。
みんなが笑っているから、正しい。
みんなが嫌っているから、嫌な人。
みんなが「Bさんはダメだ」と言っているから、Bさんはダメな人。
本当にそうでしょうか。
もしかすると、Bさんは、
「それは違うんじゃない?」
「それをやってはいけないんじゃない?」
と、一人だけ言っている人なのかもしれません。
そして、その「一人だけ違う」という理由で、仲間外れにされたり、面倒な人だと思われたりしているのかもしれません。
あなたは、どちら側にいる?
ここで、もう一度Aさんの話を思い出してください。
AさんがBさんの悪口を言ったとき、
「そうだよね。」
と笑ってしまった人。
Aさんの話を別の友達に伝えた人。
Aさんの言葉を信じて、Bさんを見る目を変えた人。
その人たちは、自分からBさんを攻撃したつもりはないかもしれません。
でも、その行動によって、
「Bさんは嫌われても仕方がない。」
という空気をつくることに、力を貸していたとしたら?
それは、本当に「何もしていない」と言えるでしょうか。
最後に
これは、学校で使う道徳の資料として作った話です。
でも、本当に「学校だけの話」でしょうか。
大人の世界でも、ありませんか。
あなたの身の回りにもありませんか。
「みんながそう言っているから。」
「この人はダメな人だから。」
「この人の言うことは聞かなくていい。」
そんな空気ができている場所はありませんか。
そして、あなた自身はどうでしょう。
あなたは、Aさんになっていませんか。
誰かを悪く言って、周りを自分の側に引き込んでいませんか。
それとも、Aさんのフォロワーになっていませんか。
Aさんが笑えば、一緒に笑う。
Aさんが嫌えば、一緒に嫌う。
Aさんが誰かを否定すれば、「そうだよね」とうなずく。
もし、そうなっているとしたら、一度立ち止まってください。
赤信号を「渡っていい」と言っている人たちを見て、
「この人たち、ちょっとおかしいんじゃない?」
と思うことができるなら、
自分がその集団の中にいるときにも、同じように考えてみてください。
「今、自分たちは何をしているんだろう。」
「自分は、正しいことを言っている人を、笑って追い出す側になっていないだろうか。」
「自分は、誰かを傷つける空気に加担していないだろうか。」
そして、最後に一つ。
その集団の中で一緒になって笑っている人も、外から見れば、その集団の一員です。
「自分はAさんじゃない。」
そう思っていても、
Aさんの言葉に乗り、
Aさんの考えに従い、
Aさんと一緒になって誰かを遠ざけているのなら、
周りからは、Aさんと同じ側にいる人として見られるかもしれません。
だからこそ、
「自分は、どうだろう。」
この問いを、自分自身に向けてみてください。

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