第8回 先生も幸せになっていい 〜幸せは伝染する〜

「子どものために。」

学校現場ではよく聞く言葉である。

もちろん、その思いは大切である。私自身も、子どもたちの成長や幸せを願いながら日々を過ごしている。しかし最近、少し気になることがある。

それは、「子どものために」が、いつの間にか「先生自身を犠牲にすること」と結び付いてしまう場面があることである。

子どものためだから我慢する。子どものためだから休まない。子どものためだから無理をする。

そんな姿を美徳としてきた文化が、学校には少なからず存在してきたように思う。

しかし、本当にそれでよいのだろうか。

樺沢紫苑さんは、幸福の土台はセロトニン的幸福だと言う。健康であること。安心できること。心と体が安定していること。

これは子どもだけでなく、大人にも当てはまる。

睡眠不足で余裕がないとき、私たちは優しくなれない。心配事を抱えているとき、相手の話をゆっくり聞くことが難しくなる。疲れ切っているとき、笑顔は減っていく。

つまり、人を幸せにするためには、まず自分自身が健康でなければならないのである。

飛行機では、緊急時に酸素マスクを付ける際、「まず自分から」と説明されるという。自分が倒れてしまったら、隣の人を助けることができないからである。

学校も同じではないだろうか。

先生が疲れ切っている。先生が孤立している。先生が誰にも相談できない。

そんな状態では、子どもたちに安心感を届け続けることは難しい。

私は、幸せは伝染するものだと思っている。

笑顔が伝染するように、安心感も伝染する。応援が伝染するように、温かい言葉も伝染する。反対に、不安やイライラもまた伝染していく。

だから学校の空気をつくる上で、子どもだけでなく、大人の幸せも大切なのである。

私はここで、有田和正先生の言葉を思い出す。

有田先生は、

「授業中、一度も笑いを起こさなかった教師は逮捕されるべきだ」

と語っていた。

もちろん本当に逮捕しろという意味ではない。

それほどまでに、教室の笑顔や笑いを大切にしていたのである。

また、有田先生は、

「楽しいから笑うんじゃない。笑うから楽しいんだ。」

とも語っている。

私たちは、楽しいことがあるから笑うと思いがちである。しかし実際には、笑顔になることで心がほぐれ、安心感が生まれ、人との距離が縮まることがある。

考えてみれば、笑いが生まれる教室には共通点がある。

間違えても大丈夫。

分からないと言っても大丈夫。

失敗してもやり直せる。

先生も子どもも自然体でいられる。

そこには安心があり、つながりがある。

私は、有田先生が大切にしていた笑いとは、単なる面白さではなく、「この教室にいていい」と思える空気そのものだったのではないかと思う。

そして、それは子どもだけの話ではない。

職員室も同じである。

先生同士が笑顔で話せる。

困ったときに相談できる。

失敗しても責められない。

そんな空気がある学校では、先生たちも安心して働くことができる。

私たちは子どもたちに、「困ったら相談していいんだよ」と伝えている。

私たちは子どもたちに、「一人で抱え込まなくていいんだよ」と伝えている。

ならば、大人も同じであってよいはずである。

学校には様々な立場の人がいる。

先生。

職員。

保護者。

地域の方々。

それぞれが学校を支えている。

そして誰か一人の頑張りだけで学校は成り立たない。

困ったときには助けてもらえる。分からないことは相談できる。失敗しても責められない。

そんな安心感のある関係があるから、人は力を発揮できるのである。

私は、「子どもが通いたくなる学校」を目指したいと思っている。

同時に、「親が通わせたくなる学校」「地域から愛される学校」「職員が働きたくなる学校」も目指したい。

その四つは別々のものではない。

先生が笑顔で働ける学校には、子どもの笑顔が増える。

子どもの笑顔が増える学校には、保護者の安心が生まれる。

保護者の安心が生まれる学校には、地域の応援が集まる。

そうして幸せは広がっていくのである。

「毎日がスペシャル」

私はこの言葉が好きである。

特別な行事の日だけではない。

何気ない毎日の中で、子どもも大人も安心して過ごせること。互いに支え合えること。笑顔で「おはよう」と言い合えること。

そんな当たり前の積み重ねこそが、幸せな学校をつくっていくのだと思う。

先生も幸せになっていい。

それは決して自分勝手なことではない。

子どもたちの幸せにつながる、大切な土台なのである。

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