卒業して20年以上が過ぎたある日、一本の電話が入った。「恩師が重い病気で入院している。」突然の知らせに、私は同級生とともに病院を訪ねた。病室で再会した先生は、以前よりずっとやせていた。それでも私たちを見ると、昔と変わらない笑顔で「みんな、大人になったな」と声をかけてくれた。そして少し話をしたあと、先生は静かに言った。「お願いがある。もう一度だけ、教室で授業をさせてもらえないだろうか。」
卒業生たちはすぐに連絡を取り合い、久しぶりに母校へ集まった。教室に入ってきた先生は、ゆっくりと教壇に立つと、何も言わず黒板に一行だけ書いた。
「人は、何のために生きるのだろう。」
その日の授業には教科書も答えもなかった。先生は私たちに問いを投げかけ、一人一人の考えに耳を傾けながら話を続けた。そして最後にこう語った。「人は、大きなことを成し遂げなくてもいい。誰かを励ましたり、誰かを支えたり、誰かを笑顔にしたり…。そんな小さな積み重ねが、人の人生を豊かにしていくんだ。」教室は静まり返り、誰も言葉を発することができなかった。
授業の終わり、先生は黒板を消さずに教室を見渡した。そして深く一礼をして、「今日、みんなに会えてよかった。本当にありがとう。」とだけ言い、静かに教室を後にした。その背中は、学生だった頃に毎日見ていた背中と少しも変わらないように見えた。
それからしばらくして、先生は亡くなった。あの日の黒板はもう残っていない。それでも、あの一行の問いだけは、卒業生一人一人の心の中に残り続けている。私も人生に迷うたびに、あの日の教室を思い出す。そして自分自身に問いかける。
「今日の私は、誰かの心に残るような生き方ができただろうか。」

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