以前、ワールドカップを特集した一冊の本の中で、ある代表選手のエピソードを読んだ。国名も、選手名も書かれていなかった。でも、その話だけは、今でも忘れられない。その選手は、ある国の代表として長くプレーしていた。ワールドカップ予選の大事な試合で、大きなミスをしてしまう。試合後、監督から厳しく叱責され、それ以来、しばらく代表の試合に出場できなくなった。
すると、周囲ではさまざまな噂が飛び交った。「あの選手は監督に嫌われたらしい。」「もう代表には呼ばれないだろう。」「監督と対立したそうだ。」そんな話が、あたかも事実であるかのように広がっていった。ある日、チームの食事会で、その選手に話を聞く機会があった。思い切って監督のことを尋ねてみると、彼は少し笑ってこう答えた。「監督には本当に感謝しています。あの人がいたから、今の自分があります。」その一言に、私は驚いた。噂と、本人の言葉があまりにも違っていたからだ。人は、見えていない部分を想像で埋めてしまう。そして、その想像が何度も人づてに語られるうちに、いつの間にか「事実」のようになってしまう。でも、本当の物語は、本人にしか分からない。
やがて監督が交代し、その選手は再び代表のピッチに立つようになった。「やはり前の監督とは何かあったのだろう。」そう思っていた。ところが、その本には、その後の話が続いていた。数年後、引退した前監督が、インタビューでその選手について語っていたのである。「確かに、あの試合では厳しく叱った。しばらく起用もしなかった。でも、彼は一度も腐らなかった。」監督は少し間を置いて、こう続けた。「誰よりも早く練習場へ来ていた。誰よりも最後まで残っていた。誰も見ていないところで努力を続けていた。私は、その姿をずっと見ていた。」さらに、こんな言葉で締めくくっていた。「彼は、私のことを嫌っているかもしれない。でも、私は彼を信じていた。彼なら必ず、もう一度立ち上がれると。」
そのページを読んだとき、胸が熱くなった。選手は何も語らなかった。監督を責めることもなかった。言い訳をすることもなかった。ただ、今日やるべきことを、誰にも見せびらかすことなく積み重ねていた。だからこそ、見ている人は見ていたのだ。努力は、すぐには報われない。誤解されることもある。理不尽な評価を受けることもある。それでも、自分にできることを続ける人は強い。続けている人は、自分から「努力しています」とは言わない。だからこそ、私たちが見つけてあげなければならない。噂ではなく、その人の日々を。結果ではなく、その人の姿勢を。
もし、あなたの周りに、誤解されながらも黙々と努力を続けている人がいるなら、その人を信じてほしい。そして、噂でその人が傷つけられそうになったときは、どうか守る側の人であってほしい。組織を支えているのは、声の大きな人ではない。誰にも見えない場所で、今日も目の前のことを積み重ねている人なのだから。

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