会議や研修の後、反省欄を読むことがあります。
その中に、ときどきこんな内容があります。
「○○先生の説明が分かりにくかった。」
「○○先生は準備不足だった。」
「○○先生が改善すべきだ。」
読んだ本人はもちろん、周りも気持ちのよいものではありません。
では、このような書き方をするのは、その人の問題なのでしょうか。それとも、反省欄という仕組みの問題なのでしょうか。
私は、「どちらも関係している」と考えています。
もちろん、人として相手を尊重する姿勢は必要です。改善を求めることと、相手を攻撃することは全く違います。
しかし、学校では子どもの問題行動が起きたとき、「子どもが悪い」で終わらせません。
「環境に原因はなかったか。」
「ルールは適切だったか。」
「教師の関わり方はどうだったか。」
そう考えます。
それなら、大人の組織も同じではないでしょうか。
もし反省欄に個人攻撃が繰り返し書かれるのであれば、それは個人の問題だけではなく、そういう書き方を生みやすいシステムになっている可能性があります。
例えば、自由記述だけで何を書いてもよい反省欄。
改善の視点もなく、書きっぱなしで終わる反省欄。
そんな仕組みでは、感情がそのまま文字になりやすくなります。
一方で、
「良かったこと」
「事実としての課題」
「改善策」
という枠組みに変えるだけで、反省は自然と未来志向になります。
「○○先生が悪い。」
ではなく、
「役割分担を事前に確認する時間があると、さらに円滑に進められる。」
こう書けば、責める相手はいません。それでも改善は進みます。
組織づくりには、こんな言葉があります。
「人を責めるのではなく、仕組みを改善する。」
もちろん、相手を傷つける書き方をしてよいわけではありません。
しかし、管理職やリーダーが本当に見るべきなのは、「誰が書いたか」よりも、「なぜ、そのような書き方が生まれる組織なのか」です。
反省欄は、人を評価するためのものではありません。
組織をよりよくするためのものです。
だからこそ、反省欄を見たときに問いたいのです。
その反省は、人を変えようとしていますか。
それとも、仕組みを変えようとしていますか。
その問いへの答えが、組織の文化を少しずつ変えていくのだと思います。

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