【第5回】 「荒れるから前向き一斉」は、本当に正しいのか 〜問題は座席配置ではなく、“状態”ではないか〜

「グループにすると荒れるんですよ」

この言葉も、かなりの確率で出てきます。
• 話し始めてしまう
• 集中しなくなる
• 無駄話が増える
• 統制が取れなくなる

だから、「やっぱり前向き一斉の方がいい」という結論になる。

これも、とてもよく分かります。

でもここで、一度立ち止まって考えてみたいのです。

本当に「座席配置」が原因なのか

まずシンプルな問いです。

荒れる原因は、本当に座席配置でしょうか?

もしそうなら、
• コの字型=荒れる
• グループ=荒れる

ということになります。

でも現実には、
• 落ち着いているグループ学習の教室もある
• 主体的に動いている子どもたちもいる

つまり、同じ配置でも、結果は違うということです。

「話してしまう」のは悪いことか

もう一つ、よくある声。

「目が合うと話しちゃうんですよね」

でもこれ、冷静に考えるとどうでしょうか。
• 人と目が合えば話す
• 近くにいれば関わる

これは、人として自然な反応です。

それを、
• 見えないようにする
• 話せないようにする
• 動けないようにする

ことで成立させているのが、

前向き一斉の構造

とも言えます。

抑え込んでいるだけではないか

ここで一つの見方です。

前向き一斉で「静かに見える」状態は、落ち着いているのではなく、“抑えられている”だけではないかという視点です。
• 話してはいけない
• 動いてはいけない
• 勝手に考えてはいけない

そういう空気の中で、一時的に静かになっているだけかもしれません。

なぜ、荒れるのか

では逆に、なぜグループにすると荒れるのでしょうか。

私はこう考えています。

これまで“出せなかったもの”が一気に出るからです。
• 話したい
• 関わりたい
• 動きたい

でもそれを、長い時間、抑え続けてきた。

その状態で急に「はい、話し合って」と言われたらどうなるか。

ダムの放水と同じ構造

これは、ダムに水をため続けて、一気に放水するようなものです。

荒れるのは、環境が悪いからではなく、溜めすぎているからとも言えます。

オキシトシンは、荒れの原因ではない

ここで大事な視点です。

人と関わるとき、脳の中では安心感(オキシトシン)が働きます。

これは、
• 信頼
• つながり
• 安心

を生むものです。

つまり本来、人と関わることは、安定につながる要素です。

それでも荒れるとしたら、問題は別のところにあります。

本当の原因はどこか

考えられるのは、
• 約束がない
• ルールが曖昧
• 目的が不明確
• 関わり方を学んでいない

つまり、「どう関わるか」を経験していない状態です。

これは、前向き一斉でも同じです。

「前向きなら大丈夫」という幻想

指示が曖昧でも、説明が不十分でも、前向き一斉なら一見成立します。

なぜか。

子どもが動けないからです。

でもそれは、問題がないのではなく、表に出ていないだけです。

結局、何が問われているのか

ここまで整理すると、

問いはシンプルになります。

静かで管理しやすい教室をとるのか
多少の揺れがあっても、育つ教室をとるのか

どちらを選ぶかです。

おわりに

「荒れるからやらない」

その判断は、とても自然です。

でももしそれが、

変化を止める理由になっているとしたら

少しだけ考えてみたい。

荒れは、

失敗ではなく、

これまでの環境の結果

かもしれません。

そして、

育ちの入り口

かもしれません。

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