【第4回】 その「前向き一斉」、本当に子どものためですか? 〜3000時間の重みを、たった1回で否定していないか〜

「一度やってみたんだけどね、やっぱりダメだったんだよ」

コの字型やグループアイランド型の話をすると、かなりの確率でこの言葉を聞きます。
• 騒がしくなった
• 集中できなかった
• うまく話し合えなかった
• やっぱり前向き一斉の方が落ち着く

そして最後にこう結論づけられます。

「やっぱり、グループは必要な時だけでいいよね」

一見、もっともらしい話です。
でも、ここに大きな“トリック”があると思うのです。

その子たちは、何時間「前向き一斉」で過ごしてきたのか

少し冷静に考えてみたいのです。

例えば、4年生の学級。

その子たちは、1年生から3年生まで、どんな環境で学んできたでしょうか。

おそらく、多くの時間を
• 前を向き
• 先生の話を待ち
• 指示を受けて動き
• 発言は許可制で
• 学びは前から与えられる

という環境で過ごしてきています。

では、その時間はどれくらいか。

ざっくり計算すると、
年間1000時間前後の授業。

つまり、

約3000時間。

3000時間です。

3000時間の“当たり前”は、そう簡単には変わらない

人は、環境に適応する生き物です。

3000時間かけて、
• 前を向くのが当たり前
• 黙って聞くのが当たり前
• 指示を待つのが当たり前

という感覚が身体に染みついている子どもたちが、たった1回、2回、座席配置を変えただけで
• すぐに対話ができる
• 自分たちで考えられる
• 協働して学べる

ようになるでしょうか。

むしろ、ならない方が自然です。

ここで起きているのは「失敗」ではなく、これまでの環境に最適化された結果が、そのまま出ているだけなのです。

たった1回で「合う・合わない」を判断していないか

ここで、少し厳しい言い方をします。

もし私たちが、
• 3000時間「前向き一斉」で育ててきた子どもたちに対して
• 1回や2回「グループ」をやらせてみて
• 「やっぱりダメだ」と判断しているとしたら

それは、あまりにも条件が不公平ではないかと思うのです。

本来、検証するならこうではないでしょうか。

3000時間前向きでやってきたなら、3000時間グループやコの字でもやってみる

そこまでやって初めて、「どちらが子どもの育ちにとってよいか」を語れるのではないかと思います。

なぜ私たちは、すぐに元に戻してしまうのか

ではなぜ、人はすぐに「前向き一斉」に戻したくなるのでしょうか。

理由はシンプルです。

その方が“慣れている”から。

そしてもう一つ。

その方が“管理しやすい”から。

静かで、整っていて、コントロールしやすい。

でもそれは、本当に子どものための環境でしょうか。

それとも、大人にとって都合のよい環境でしょうか。

ここは、一度立ち止まって考えたいところです。
餌を待つ魚か、取りに行く魚か

少し例え話をします。

水族館の魚を想像してみてください。

時間になると餌が上から落ちてきて、
魚たちはそれを口を開けて待っています。

一方で、自然の川や海の魚はどうでしょうか。

自分で探し、動き、餌を取りにいきます。

どちらが「楽か」は明らかです。
でも、

どちらが“生きる力”を使っているか

も、明らかだと思います。

前向き一斉の教室は、
知らず知らずのうちに、

餌を待つ構造

をつくってしまっていないでしょうか。

形から変えることは、軽いことではない

「形から入るのはどうかと思う」

そんな声もあります。

でも私はむしろ逆で、形は、思っている以上に人の行動を決める

と思っています。
• 見える範囲
• 話しかけやすさ
• 空気感
• 心理的距離

これらはすべて、環境によって大きく変わります。

だからこそ、環境を変えることは、子どもの学び方を変えることにつながる

のです。

おわりに

「一度やってみたけどダメだった」

その言葉の裏には、
• 3000時間の積み重ね
• 環境への適応
• デフォルトの力

があるかもしれません。

だからこそ、私はこう思います。

1回や2回で判断するのではなく、少しだけ“やり続ける勇気”を持てないか。

主体的な学びは、
一瞬で完成するものではありません。

でも、

環境を変えることで、確実に“方向”は変わる

その手応えを感じられるところまで、
少しだけ粘ってみる価値はあると思っています。

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