「学ぶとは、変わること。」
前田康裕さんの『まんがで知る教師の学び』では、有名なフレーズとして、次のような一文が紹介されています。
「学ぶとは、何かに気づき、自分が変わること」
この一文は、とてもシンプルですが、学びの本質を端的に表しています。そして勉強会や研修の「合い言葉」として置くと、対話の質が一気に整理されていきます。
私たちは普段、「学び」をどのように捉えているでしょうか。
「知識が増えること」
「できなかったことができるようになること」
「新しいことを知ること」
もちろん、どれも大切な学びです。しかし、それだけで学びを語りきることはできるでしょうか。
教育学者ジョン・デューイは、「教育とは経験の再構成である」と述べています。人は経験を通して、自分の考え方や見方をつくり替えながら成長していくという考え方です。
つまり学びとは、知識の蓄積ではなく、経験や対話を通して「自分の見方そのものが変わっていくプロセス」だと言えます。
授業の中で子どもたちを見ていると、そのことを実感する瞬間があります。
最初ははっきりしていた考えが、友達の意見や資料との出会いによって揺れ始めます。
「なるほど、そんな見方もあるのか。」
「少し考えが変わってきた。」
「今はこう思うけれど、まだモヤモヤしているところもある。」
この「揺れ」や「変化」こそが、学びの姿なのではないでしょうか。
だからこそ、授業の終わりに子どもたちへ投げかけたい問いは、「何を覚えたか」ではなく、「自分はどう変わったか」です。
振り返りは、感想を書く時間でも、正解を求める時間でもありません。「授業前の自分」と「授業後の自分」を比べ、自分の変化を自覚する時間です。
例えば、こんな問いかけが考えられます。
・最初と比べて、自分の考えはどう変わっただろうか
・なぜそのように変わったのだろうか
・誰の考えや、どんな資料が自分の見方を広げただろうか
・今、自分の中に残っている「モヤモヤ」は何だろうか
この「モヤモヤ」は、とても大切なものです。
それは「分からなかった」という否定ではなく、「まだ考えたい」「もっと深めたい」という、次の学びへの入口だからです。
そしてもし子どもが、「○○さんの考えを聞いて自分の見方が変わった」と振り返ったなら、こう問いかけたいのです。
「そのこと、○○さんに“ありがとう”って伝えられたかな。」
学びは一人で完結するものではありません。他者との対話の中で揺さぶられ、自分の考えが更新されていく営みです。
この視点は、勉強会や校内研修にもそのまま生かすことができます。
例えば、前田さんの一文を合い言葉として示したうえで、次のような問いかけをすることで対話は深まります。
「最近、自分が“気づいて変われた”場面はどんなときでしたか」
「子どもが“変わったな”と思えた瞬間には、どんな気づきがあったのでしょうか」
「技術や指導法の話だけで終わってしまっていないでしょうか。『気づき』と『変化』まで到達できているでしょうか」
ここで大切なのは、「知識が増えたかどうか」ではなく、「行動や見方が変わったかどうか」という視点です。
学校とは、知識を受け取りに来る場所ではありません。
昨日の自分より、今日の自分が少し変わることを実感する場所です。そしてその変化に気付き、言葉にし、「モヤモヤ」として次の学びにつなげていく場所でもあります。
だからこそ、最後にもう一度問いかけたいのです。
「今日、自分はどう変わっただろうか。」
そして、
「今、どんなモヤモヤを抱えているだろうか。」
この二つの問いに向き合い続ける教室や職員室には、きっと深い学びが生まれていくはずです。
そして私たち教師自身もまた、「何を教えたか」ではなく、「子どもや自分自身がどう変わったか」という視点で日々を見つめ直していく必要があるのだと思います。
学びとは、何かに気づき、自分が変わること。
この言葉を合い言葉にしたとき、授業も研修も、そして子どもたちの姿も、少しずつ変わり始めるのではないでしょうか。

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