ここまで見てきた。
関わりが前提になっていない教室では、
学びはつながりにくい。
にもかかわらず、なぜ変わらないのか。
理由は単純ではない。
むしろ、いくつかの力が重なっている。
まず一つ目。
管理のしやすさである。
前向き一斉配置は、全体を一方向にそろえる。
・全員の顔が見える
・指示が通りやすい
・静かにさせやすい
つまり、
教師にとってコントロールしやすい構造である。
二つ目。
評価との相性である。
一斉に同じ課題をやり、同じタイミングで回収する。
この形は、点数化・比較・記録に適している。
評価の枠組みが変わらない中で、
環境だけ変えることに不安が出るのは自然である。
三つ目。
成功体験の蓄積である。
多くの教師自身が、その配置で育ってきた。
その中で結果も出してきた。
だからこそ、
「これでやれてきた」という実感がある。
四つ目。
リスクの見え方である。
コの字型やグループ型にすると、
・ざわつくのではないか
・学級が崩れるのではないか
・保護者から見てどうか
こうした不安が先に立つ。
つまり、
変えたときのリスクは大きく見え、
変えないリスクは見えにくい。
ここまでが、変わらない理由である。
では、それでも変えないままでよいのか。
ここで、もう一度原点に戻る。
今の教室は、
教師がすべてを引き受ける構造になっている。
・発言をつなぐ
・つまずきを拾う
・全体をまとめる
だから忙しくなる。
逆に言えば、
ここを手放せれば、働き方は変わる。
畑喜美夫は言う。
人を変えようとするな。
環境を変えろ。
関わらない子に、関わりなさいと言うのではなく、
関わらざるを得ない環境にする。
これが出発点である。
前向き一斉配置では、
教師が一人で抱える構造になる。
コの字型やグループ型では、
子ども同士に関係が分散する。
つまり、
仕事が分かれる。
これは理想論ではない。
構造の話である。
もちろん、いきなりすべてを変える必要はない。
・1時間だけ変えてみる
・1単元だけ試してみる
・一部の時間で導入する
そこからでよい。
重要なのは、
「やり方」を変えることではない。
前提を疑うことである。
なぜ前を向いているのか。
なぜ関わらないのか。
なぜ教師がすべてを担うのか。
この問いを持ったとき、教室の風景は変わり始める。
働き方改革は、時間の削減から始まらない。
構造の転換から始まる。
そしてその最もシンプルな一歩が、
教室の形を変えることである。
一人でやらなくてよい構造にする。
それだけで、
学校は確実に変わっていく。
(追記)
ここまで読んでくれたあなたに、お願いがある。
この内容を、広げてほしい。
一人で気づいていても、学校はなかなか変わらない。
しかし、複数の場所で同じ問いが立ち始めたとき、流れは一気に変わる。
もし、この考えに少しでも引っかかるものがあるなら、周りの人に話してほしい。共有してほしい。
例えば、みんなの教育技術のような場で取り上げられたり、新聞などで話題になったりすれば、変化のスピードは一気に上がるかもしれない。
正直に言えば、そこまでいけば、もう止まらない。
だからこそ、思う。
動いてみるか。
誰かがやるのを待つのではなく、自分から一歩踏み出してみる。
この違和感を、言葉にして、外に出す。
それが、環境を変える最初の一手になるはずである。

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