■うまい選手を育てたいなら
サッカーでこんなチームを想像してみてください。
• 監督がすべて指示を出す
• 選手はその通りに動く
• ミスがあればすぐ修正が入る
一見、よく統制が取れていて、安心感もある。
でも、このチームにいる選手は、「自分で判断する力」は育つでしょうか?
■もう一つのチーム
一方で、こんなチームもあります。
• 選手同士が声を掛け合う
• 状況に応じて判断する
• うまくいかなくても試行錯誤する
最初はうまくいかないかもしれない。
でも、「自分で考えてプレーする力」は確実に育っていく
■これは教室でも同じ
教室に置き換えるとどうでしょうか。
前向き一斉の教室は、
• 教師が主導
• 子どもは指示を待つ
• 正解に早くたどり着く
一方で、コの字やグループの教室は、
• 子ども同士が関わる
• 考えながら進む
• 試行錯誤が生まれる
■問い
ここで一度、考えてみてください。
あなたは、どちらの環境で「主体的な人」を育てたいですか?
■それでもこう言われる
ここで、よく出てくる声があります。
「いや、一斉でも育てられるでしょ」
「指導力があればできる」
確かに、それは事実です。
■ただし、ここに大きな違いがある
それは、“誰でもできるかどうか”です。
■スーパーティーチャーか、仕組みか
一斉でも主体性を育てられるのは、一部の高い力量を持った教師です。
でも、すべての教室で、それが可能でしょうか?
■ここで、少し視点を変えてみる
少し違う角度から考えてみてください。
■問い:変えることへの抵抗
私たちは、なぜ「変えること」にこんなにも慎重になるのでしょうか?
例えば、
「今までのやり方を変えていいのか?」
「崩れたらどうするのか?」
■ある意味では当然の感覚
この感覚、実はとても自然です。
例えば社会でも、「国の大事なルールは簡単に変えてはいけない」という考えがあります。
■では、ここで問いです
教室の座席配置は、“変えてはいけないもの”なのでしょうか?
■もう一歩だけ考える
ここで、こんな整理をしてみてください。
• 変えてはいけないもの=価値(目的)
• 変えていいもの=手段(方法・環境)
■では、主体的な学びはどちらか
主体性は“目的”です
■では、座席配置は?
“手段”です
■ここで起きていること
今、学校で起きているのは、
• 目的(主体的な学び)は新しくなった
• でも手段(前向き一斉)は昔のまま
■問い
それで、本当に目的は達成できるのでしょうか?
■サッカーに戻る
もしサッカーで、
「自分で判断できる選手を育てたい」と言いながら常に監督が指示を出していたら
どう感じますか?
■教室も同じ
主体性を育てたいのに、
受け身になりやすい構造のままでいいのか?
■結論はシンプル
能力の問題ではなく、構造の問題
■だからこそ
難しい技術の前に、
環境を変える
■最後に問い
あなたの教室は、
子どもが自分で考えたくなる構造になっていますか?

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