
行動を生み出す「前提」に目を向ける
前回の記事では、人の意識や努力に変化を求めるだけでなく、行動が生まれる環境や仕組みそのものを見直す「デフォルトシフト理論」を提案しました。
では、なぜ環境や仕組みを変えることで、人の行動が変わる可能性があるのでしょうか。
そもそも、人の行動は本人の意欲や能力だけで決まるものではありません。何ができるのか、何を選べるのか、どのような機会があるのか、行動するためにどれほどの手間がかかるのか。こうした周囲の条件も、行動に関係しています。
例えば、誰かと話したいと思っていても、話す機会がなければ会話は生まれにくいでしょう。協力したいと思っていても、互いに関わる必要のない仕事の進め方であれば、協力する機会は限られます。
反対に、互いの考えを共有する場が日常的に用意されていたり、協力しなければ解決できない課題が組み込まれていたりすれば、人と関わる行動が生まれる機会は増えます。
ここで重要なのは、環境が人に特定の行動を強制するわけではないということです。環境や仕組みは、ある行動を取りやすくしたり、選択肢を広げたり、行動するきっかけをつくったりします。
では、具体的にどのような経路で環境は行動に影響するのでしょうか。
1.行動に必要な手間や負担が変わる
人は、行動するために必要な手間や負担の影響を受けます。
例えば、意見を伝えたいと思っていても、発言するために大勢の前で手を挙げなければならない場合と、少人数で話し合ってから全体に共有できる場合とでは、参加のしやすさが異なるかもしれません。
また、職場で情報共有を求めるのであれば、情報を共有するための手順や場所が分かりやすく整っているかどうかも重要です。
行動を促す言葉を増やすだけでなく、その行動に必要な負担を減らす。これは、デフォルトを見直す際の重要な視点です。
ただし、負担を減らせば必ず行動が増えるわけではありません。本人にとっての意味や必要性、能力、状況なども関係します。
2.行動する機会や選択肢が変わる
人は、目の前にある機会や選択肢の中で行動します。
例えば、授業中に先生の説明を聞く時間が大半を占めていれば、子どもたちが互いの考えを聞き合う機会は限られます。一方、授業の中にペアでの対話やグループでの協働を組み込めば、他者と考えを共有する機会が増えます。
ここで変わるのは、子どもたちの性格や意識だけではありません。そもそも、どのような行動を経験できるのかという条件です。
人に新しい行動を求めるのであれば、その行動を実際に経験できる機会が用意されているかを考える必要があります。
3.役割や期待される行動が変わる
環境や仕組みは、その場で自分が何をする人なのかという役割にも影響します。
例えば、授業で常に先生の説明を聞く立場にいる子どもと、グループの中で自分の考えを説明したり、仲間の意見を整理したりする役割を担う子どもでは、求められる行動が異なります。
職場でも、単に指示を受けて仕事を進める仕組みと、担当者が自分で判断し、提案できる仕組みでは、役割や期待される行動が異なります。
役割を与えれば主体性が必ず生まれるわけではありません。しかし、行動する機会や責任の範囲が明確になることで、これまでとは違う行動を経験するきっかけになります。
4.行動が繰り返される機会が変わる
一度経験しただけでは、行動が定着するとは限りません。
新しい行動を身につけたり、習慣にしたりするためには、繰り返し経験することが重要になります。
例えば、授業で一度だけグループ活動を行っても、子どもたちが協力することに慣れるとは限りません。しかし、日常的に互いの考えを聞き、役割を担い、課題を解決する経験を積み重ねれば、協働するための技能や関わり方を学ぶ機会が増えていきます。
ここで注目したいのは、特別な取り組みを一度行うことと、日常の仕組みそのものに組み込むことの違いです。
デフォルトを変えるということは、望ましい行動を一時的に促すだけでなく、その行動を経験する機会が日常の中で繰り返し生まれる状態をつくることでもあります。
5.周囲の行動や集団の規範が変わる
人の行動は、周囲の人の行動や、その集団で何が普通とされているかにも影響されます。
例えば、誰も意見を言わない会議では、発言することにためらいを感じる人がいるかもしれません。一方、互いの意見を聞き、質問し、異なる考えを尊重することが日常的に行われている会議では、発言や対話が生まれやすくなる可能性があります。
個人の行動が変わり、それが周囲にも広がり、繰り返されることで、集団の中の当たり前が変わっていくことも考えられます。
ただし、集団の規範は環境を変えただけで自動的に変わるものではありません。周囲の反応や人間関係、組織の評価制度、リーダーの行動など、さまざまな要因が関係します。
環境を変えることは、人の可能性を広げること
ここまで見てきたように、環境や仕組みを変えることは、行動に必要な負担、機会、選択肢、役割、反復の機会、周囲との関係に影響を与える可能性があります。
これらは別々に働くとは限りません。複数の条件が組み合わさることで、行動の変化につながることもあります。
例えば、子どもたちが協力する授業を実現したいのであれば、グループに分けるだけでは十分ではありません。互いに関わる必要のある課題を用意し、一人ひとりの役割を明確にし、安心して意見を伝えられる関係をつくり、協働する経験を継続的に積み重ねる必要があります。
つまり、デフォルトシフト理論が注目するのは、単に環境の形を変えることではありません。
望ましい行動が生まれるための条件を、環境や仕組みの中にどのように組み込むか。
そこに、この理論の中心があります。
もちろん、環境を整えたからといって、すべての人が同じように行動するわけではありません。本人の意思や特性、経験、能力、心理的な安全性などを考慮する必要があります。新しい環境が本当に望ましい結果につながっているかを観察し、必要に応じて修正していくことも欠かせません。
人を変えるために、本人の努力だけに期待するのではなく、その人が置かれている条件を見直す。
そして、その条件を変えることで、これまで生まれにくかった行動が生まれる可能性を広げる。
人の行動を変えたいのであれば、人だけを見るのではなく、行動が生まれる環境にも目を向ける。
それが、デフォルトシフト理論の基本的な考え方です。

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