
配慮することと、経験する機会をなくすことは違う
前回の記事では、幸せの三段階という視点から、教室の座席配置について考えました。子どもたちが安心して学び、人とつながり、自分の成長を実感できる環境をつくる。そのための一つの方法として、コの字型やグループ型の座席配置を取り上げました。
しかし、こうした提案に対して、必ず考えておきたい声があります。
「人と向き合うのが苦手な子もいるのではないか」
「友達から見られることに抵抗がある子もいるのではないか」
「みんなの顔が見える座席配置は、かえって落ち着かない子もいるのではないか」
これらは、決して無視してよい意見ではありません。
実際に、人と目を合わせることや、自分の表情を見られること、周囲から注目されることに強い負担を感じる子どもはいます。安心できる距離感や視線のあり方は、一人ひとり異なります。だからこそ、座席配置を変えれば、すべての子どもにとってよい環境になると単純に考えることはできません。
では、そうした子どもがいる場合、私たちはどうすればよいのでしょうか。
「苦手な子がいるから、やめておこう」でよいのか
例えば、コの字型の座席配置にすると、子ども同士が互いの顔を見やすくなります。グループ型にすれば、隣の友達と話し合ったり、考えを共有したりする機会も生まれやすくなります。
一方で、こうした環境を落ち着かないと感じる子どももいるでしょう。自分の表情や発言を周囲に見られることに抵抗があるかもしれません。
そのとき、私たちは二つの方向から考えることができます。
一つは、その子が苦手に感じることを避けるために、対話や協働の機会をできるだけ減らすという考え方です。もう一つは、その子の感じ方を大切にしながら、安心して人と関われる経験を少しずつ積み重ねられる環境をつくるという考え方です。
もちろん、どちらが適切かは、子どもの状態や状況によって異なります。強い不安や苦痛がある場合には、無理に経験させるべきではありません。まず安心できる環境を確保することが必要です。
ただ、ここで考えてみたいことがあります。
「苦手だから機会をなくす」という対応だけで、本当にその子の可能性を守ることができるのでしょうか。
配慮することと、経験する機会をなくすことは違う
例えば、体育の授業でリレーを行うとします。走ることが苦手な子どもがいるからといって、リレーそのものをなくしてしまうことが、いつも最善とは限りません。
走る距離を調整する、役割を工夫する、練習の機会を設ける、仲間と協力できる方法を考える。そうした工夫によって、参加の仕方を広げることができます。
人との関わりについても、同じように考えられるのではないでしょうか。
人と話すことが苦手だから、話し合いの機会をなくす。人前で発表することが苦手だから、発表する場を一切設けない。周囲の視線が気になるから、他者と関わる活動を避け続ける。
こうした対応は、その場の負担を軽くすることにはつながるかもしれません。しかし、それだけでは、安心して人と関わる経験や、自分の考えを伝える経験、誰かと協力して何かを成し遂げる経験を得る機会まで失ってしまう可能性があります。
大切なのは、苦手なことを無理にさせることではありません。苦手なことに向き合える条件を整え、本人のペースで経験を積み重ねられるようにすることです。
例えば、最初は一対一の対話から始める。次に少人数での話し合いに参加する。発言することが難しければ、書いて伝える方法を用意する。話し合いの中で、記録係や資料を整理する役割を担うことから始めてもよいでしょう。
また、必ずしも相手の目を見て話す必要はありません。発言を強制せず、聞くことや書くことも参加の一つとして認める。必要に応じて座席や活動方法を選べるようにする。
こうした小さな工夫によって、子どもが人と関わるための入口は増えていきます。
今の姿だけで、その子の可能性を決めつけない
ここで、デフォルトシフト理論の考え方に立ち返ってみたいと思います。
私たちは、目の前の子どもの姿を見て、「この子は人と関わるのが苦手な子だ」「話し合い活動には向いていない子だ」と判断してしまうことがあります。
もちろん、その子の特性や感じ方を理解することは大切です。しかし、今見えている姿が、その子の将来の姿まで決めているわけではありません。
今、人と関わることを避けているのは、もともとの特性だけが理由なのでしょうか。これまでの経験の中で、うまくいかなかったことや、傷ついたこと、安心して参加できなかったことが影響している可能性はないでしょうか。
もしそうであれば、本人に「もっと積極的になろう」と求めるだけでは、十分ではありません。
その子が安心して参加できる方法はあるか。失敗しても受け止めてもらえる関係はあるか。自分のペースで関われる役割はあるか。小さな成功体験を積み重ねられる活動になっているか。
こうした条件を見直すことが、環境を変えるということです。
人を変えようとする前に、人が変化していくための条件を整える。これが、デフォルトシフト理論の基本的な考え方です。
すべての子どもに、同じ経験を求める必要はない
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
それは、最終的にすべての子どもが人前で話せるようになることや、グループ活動を好きになることを目標にする必要はない、ということです。
人との関わり方には個人差があります。大人数で話すことが得意な子もいれば、少人数の方が力を発揮できる子もいます。話すよりも、文章で考えを伝える方が得意な子もいます。一人でじっくり考える時間を必要とする子もいます。
目指したいのは、全員を同じ姿にすることではありません。
それぞれの子どもが、自分に合った方法で他者と関わり、必要なときには協力し、自分の考えを表現できる可能性を広げることです。
そのためには、座席配置も固定的に考える必要はありません。対話や協働を行うときにはコの字型やグループ型を活用し、個人で集中して取り組むときには前向きの配置にする。活動の目的に応じて柔軟に変えていけばよいのです。
また、配置を変えるだけでなく、子どもたちの反応を丁寧に見取り、負担を感じている子がいないか、参加しにくい子がいないかを確かめることも欠かせません。
環境を変えることは、子どもに我慢を求めることではありません。環境を変えた結果、誰かに新たな負担が生じていないかを確かめ、必要に応じてさらに調整することまで含まれます。
「できない子」ではなく、「できる条件」を考える
私たちが子どもを見るとき、つい「何ができるか」「何が苦手か」という視点に偏ってしまうことがあります。
しかし、同じ子どもでも、場所が変われば、関わる相手が変われば、役割が変われば、見せる姿が変わることがあります。
今の環境では力を発揮できていないだけかもしれません。まだ経験する機会が十分になかっただけかもしれません。安心して挑戦できる条件が整っていなかっただけかもしれません。
だからこそ、目の前の姿だけで可能性を決めつけず、その子が力を発揮できる条件を探していきたいと思います。
「見られたくない」という声に耳を傾けることは大切です。その声を受け止めたうえで、どうすれば安心して人と関われるのかを一緒に考える。そこに、環境をデザインする意味があるのではないでしょうか。
配慮することと、可能性を閉ざすことは違う。
そして、苦手なことを無理に克服させるのではなく、苦手な子どもも安心して経験を積み重ねられるように、環境を変えていく。
人の可能性を、今の姿だけで決めつけない。
人に変化を求める前に、変化が生まれる条件を見直してみる。
それが、デフォルトシフト理論の目指す教室づくりです。

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