「主体的・対話的で深い学び」を本気で実装するなら、まず変えるべきは“座席配置”ではないか

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最近、改めて強く感じています。

学校教育は、この100年間、ずっと「中身」を変えようとしてきました。

* 教材を変える
* 指導法を変える
* 発問を工夫する
* 評価方法を変える
* ICTを入れる
* 学び合いを入れる
* ルーブリックを使う

もちろん、どれも大切です。

でも、一番変わっていないものがあります。

それが、「教室の構造」です。

つまり、座席配置です。

教室を見れば、その学級のOSが分かる。

最近つくった図でも、「黒電話型教室」と「スマートフォン型教室」という比喩で整理してみました。

100年前の教室は、黒電話のような構造でした。

* 一方向
* 教師中心
* 一斉伝達
* 指示待ち
* 静かに聞く
* 正解を当てる

これは当時としては合理的でした。大量の子どもたちへ、同じ知識を効率よく届ける必要があったからです。

だから、一斉前向き座席配置は、“管理と伝達”のOSとして非常に優秀だった。

でも、今、学校が育てたいと言っている力は何でしょう。

* 主体性
* 対話力
* 協働性
* 探究力
* 創造性

です。

ならば、本当に問うべきは、「内容」より先に、「環境」ではないでしょうか。

どれだけ「主体的・対話的で深い学び」と言っても、日常構造が、

* 基本は前を見る
* 勝手に話さない
* 必要な時だけ交流
* 個人解決が基本
* 教師が発言権を持つ

のままだったら、子どもたちは無意識に、「学びとは、前から与えられるもの」だと学習していきます。

つまり、空間そのものが、学習観を育てているのです。

だから私は、文科省に本当に伝えたい。

もし、「主体的・対話的で深い学び」を“実装”するというなら、まず、「座席配置を変えてください」と真正面から打ち出してほしい。

「必要に応じて」「期に応じて」「話し合い活動を入れて」

そういう表現では、結局、教室のOSは変わりません。

話し合いの時だけグループにするのではなく、日常そのものを、

* 子ども同士が見える
* 聞ける
* 話せる
* 相談できる
* 共に考えられる

構造へ変えていく。

それが、本当の意味での“実装”なのではないでしょうか。

スポーツのチームづくりでも同じです。

もし、選手たちが、

* 常に監督の話だけを聞き
* 指示待ちで
* 選手同士の対話がなく
* 作戦共有もなく
* 自分たちで考える場面もない

そんな環境だったら、主体的なチームは育ちません。

だから今、多くの強いチームは、「監督中心」から、「選手中心」のOSへ移行しています。

学校も同じではないでしょうか。

教師の周りに集まる教室なのか。

子どもたち同士がつながる教室なのか。

そこに、その学校の“教育観”が表れるのだと思います。

発問を工夫する前に。

ICTを導入する前に。

評価方法を変える前に。

まず、「学びが生まれる環境」を変える。

主体的・対話的で深い学びは、授業技術だけの話ではなく、教室文化と空間設計の問題なのだと思います。

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