こんな声、よく聞きます。
「問いを変えるって言われても…」
「どう聞けばいいか分からない」
「結局、何が正解なんですか?」
とても正直な反応です。
でも、ここに大きなズレがあります。
問いの前に、“何を育てたいのか”が決まっていない。
だから、迷う。
例えば、「分かった人?」と聞く先生。
このとき育てたいのは何か。
おそらく、“正解できる力”です。
では、「どこが難しかった?」と聞く先生。
このとき育てたいのは何か。
“自分の学びを振り返る力”です。
同じ場面でも、問いの違いは、育てたい力の違いです。
つまり、問いはテクニックではない。
哲学の表れです。
ここがつながらないと、新任の先生ほど混乱します。
「こう聞けばいいんですよ」と教えられても、
なぜそれを聞くのか分からない。
だから結局、元の問いに戻ってしまう。
では、どうするか。
シンプルです。
先に決める。
この授業で、何を育てたいのか。
知識なのか。
思考なのか。
判断なのか。
それとも、自分で学びを進める力なのか。
もし後者なら、問いは変わるはずです。
例えば①
「正解はどれ?」ではなく、「どうやって考えた?」
正解よりも、思考を大事にする問い。
例えば②
「できた人?」ではなく、「まだ迷ってるところ、どこ?」
完成よりも、過程を大事にする問い。
例えば③
「次はこれをやります」ではなく、「今、何をするのがよさそう?」
指示ではなく、判断を促す問い。
すべてに共通しているのは、子どもに“考えさせる”という意志です。
ここが決まっていれば、問いは自然と変わります。
逆に言えば、ここが曖昧だと、どんな技術も意味を持たない。
ここで問いです。
あなたは、何を育てたいですか。
知識を持っている子ですか。
それとも、自分で考えて動ける子ですか。
主体性とは、問いかけの工夫で生まれるものではありません。
育てたい姿を、本気で決めたときに生まれます。
最後に。
問いを変える前に、目的を決める。
それだけで、すべてがつながります。

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