「分からないから教えて」が言える教室を目指して

2年生の算数の授業に飛び込みで入らせてもらいました。短い時間ではありましたが、西川純先生の『学び合い』と丸付け法の相性のよさを改めて感じる授業となりました。

授業で最初に大切にしたのは、子どもたちと一緒に『学び合い』のめあてをつくることです。教師が一方的に示すのではなく、「今日はみんなでどんな姿を目指すのか」を共有します。そして、そのめあてを達成するための学習の流れも黒板に示しました。子どもたちが安心して学べるようにするためには、ゴールだけでなく、そこまでの道筋を見える化することが大切だと考えています。

今回の授業ではグループ活動を取り入れました。「できた人から先生のところへ来る」という形ではなく、「グループ全員が終わったら先生を呼ぶ」というルールです。すると、早く終わった子は自然と仲間を気にかけ始めます。「ここはこう考えるんじゃない?」「一緒にやってみよう」といった対話が生まれ、教室全体が「みんなで達成しよう」という雰囲気になっていきました。

しかし、ここで誤解してほしくないことがあります。それは、『学び合い』は「教え合い」ではないということです。

授業中、私は子どもたちに何度もこう伝えました。

「分からなかったら、『分からないから教えて』と言えばいい。」

実は、この言葉がとても大切です。よく見られるのが、できる子が困っていそうな子に一方的に説明し始める場面です。もちろん善意からの行動です。しかし、相手が助けを求めていないのに教え始めることは、時として押し付けになってしまいます。場合によっては、相手からすると余計なおせっかいになることもあります。

だから私は、教える前の条件を決めています。

それは、

「分からない側が、『分からないから教えて』と言うこと」

です。

助けてほしい人が声を上げる。だからこそ、周りの子も気持ちよく応えることができます。そこには上下関係ではなく、仲間として支え合う関係があります。

子どもたちの多くは、「分からないこと」よりも、「分からないと言うこと」に勇気が必要です。だから私は、「100回でも言えばいいよ」と伝えます。分からないときに「分からないから教えて」と言えることは、学力だけでなく、人として生きていく上でも大切な力だと思っています。

そして、私は教卓で待つのではなく、売り子形式で教室中を回りながら丸付けを行いました。グループから呼ばれたらその場へ行き、「どう考えたの?」「誰が説明してくれたの?」「本当にみんな分かっているかな?」と対話しながら確認します。丸付けをしながら形成的評価を行うことで、子どもたちの理解度をその場で把握することができます。

今回改めて感じたのは、『学び合い』の本質は「教え合い」ではなく、「助けを求められる集団づくり」にあるということです。「分からないから教えて」が言える子どもを育てること。そして、その声に「いいよ、一緒に考えよう」と応えられる仲間を育てること。それが、「一人も見捨てない」教室につながっていくのだと思います。

なお、今回は3人グループで実践しましたが、私は本来4人グループが適当ではないかと考えています。その理由については、また別の機会にお伝えしたいと思います。

もし興味があれば、いつでも教室へ伺います。

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