
子どもの可能性を広げるのは、日々の環境である
「この子は、人と関わることが苦手だから」
「この子は、グループ活動が得意ではないから」
「この子には、一人で取り組む方が合っているから」
教育現場では、子ども一人ひとりの特性や個性を理解しようと、こうした言葉を使うことがあります。もちろん、その子の感じ方や得意・不得意を理解し、必要な配慮をすることは大切です。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたいことがあります。
今、その子が苦手としていることは、本当にこれからも変わらないものなのでしょうか。
私たちは、目の前に見えている子どもの姿を、その子の可能性そのものだと捉えてしまうことがあります。しかし、人の行動や感じ方は、これまでの経験や周囲の環境によっても変化します。今は苦手に感じていることでも、経験の積み重ねによって、少しずつ受け止め方や関わり方が変わっていくことがあるのです。
今回は、私が以前勤務していた中学校で出会った、ある生徒の姿を紹介したいと思います。
人と関わることを強く避けていた生徒
その生徒は、中学1年生で入学してきたとき、人との一対一の関わりや、友達と一緒に活動することを強く苦手としていました。友達と協力する場面や、グループで何かに取り組む場面では、なかなか自分から関わろうとしない様子が見られました。
その生徒には、その生徒なりの特性がありました。だからこそ、無理に人との関わりを求めるのではなく、本人の状態を理解しながら、安心して過ごせることを大切にする必要がありました。
一方で、私が担当していた社会科の授業では、日常的に協働的な学びを取り入れていました。ジグソー法やワールド・カフェなど、生徒たちが互いの考えを伝え合い、異なる意見を聞きながら学びを深めていく活動です。
こうした活動は、特別なイベントとして一度だけ行うものではありません。授業の中に繰り返し位置づけ、生徒たちが人と関わりながら学ぶことを、日常の当たり前にしていました。
もちろん、最初からその生徒が積極的に参加できたわけではありません。すぐに変化が見られたわけでもありません。それでも、授業の中で人と関わる経験を少しずつ重ねていきました。
経験の積み重ねが生み出した変化
その生徒の姿は、学校生活を送る中で少しずつ変わっていきました。
そして、特に印象に残っているのが、中学2年生の最後の学期のことです。
かつては人との関わりを強く避けていたその生徒が、グループ活動の中で、周囲の友達に声をかけ、活動を進める役割を担うようになっていました。さらには、グループの中心となって話し合いを進行する、ファシリテーターのような姿まで見せてくれたのです。
その姿を見たとき、私はとても驚きました。そして、子どもの可能性について、改めて考えさせられました。
入学当初の姿だけを見ていたら、誰がこの変化を想像できたでしょうか。
もちろん、この変化が協働的な学習だけによって生まれたと断定することはできません。本人の成長や、友達との関係、家庭や学校でのさまざまな経験など、複数の要因が関係していたはずです。一人の生徒の事例だけで、すべての子どもに同じ変化が起こると証明できるわけでもありません。
それでも、私にとってこの経験は、日々の環境や経験の積み重ねが、生徒の行動や人との関わり方に影響を与える可能性を実感した、大切な出来事でした。
「苦手」の背景には、これまでの経験があるのかもしれない
人が何かを苦手だと感じる背景には、さまざまな理由があります。
生まれ持った特性や気質もあるでしょう。経験や技術が十分でないこともあるでしょう。過去にうまくいかなかった経験や、周囲との関係の中で傷ついた経験が影響していることも考えられます。
例えば、人と話すことが苦手な生徒がいたとします。
その生徒は、本当に人と関わること自体が嫌いなのでしょうか。それとも、これまでの経験の中で、自分の考えをうまく伝えられなかったり、相手に受け入れてもらえなかったりして、人と関わることに不安を感じるようになったのでしょうか。
もちろん、その答えは一人ひとり違います。特性によって、関わり方に継続的な配慮が必要な場合もあります。
ただ、私たちが考えておきたいのは、今の「苦手」という姿だけで、その生徒のこれからを決めつけないことです。
これまでの経験によって苦手になったことがあるのなら、これからの経験によって、感じ方や行動が変わる可能性もあります。
安心できる相手と出会うこと。自分の考えを受け止めてもらうこと。誰かと協力して、一つのことを成し遂げること。自分の役割が認められること。
そうした経験が積み重なることで、これまで避けていたことに対する見方が変わることもあるのではないでしょうか。
特別な機会よりも、日常の当たり前を変える
ここで、デフォルトシフト理論とのつながりを考えてみます。
もし、協働的な学びが年に数回しかない特別な活動だったらどうでしょうか。
その生徒が人と関わる経験を得られる機会は、限られたものになってしまいます。たとえ一度うまくいったとしても、その経験を繰り返し、自分の中に積み重ねていくことは難しいかもしれません。
一方で、授業の中に協働的な学びが日常的に位置づけられていたらどうでしょうか。
人と考えを伝え合うこと、友達の意見を聞くこと、役割を担うこと、互いに助け合うこと。それらが毎日の学びの中に自然に存在するようになります。
つまり、生徒が人と関わるかどうかを、その生徒の積極性や意欲だけに委ねるのではなく、人と関わる機会が自然に生まれる環境をつくるのです。
もちろん、日常的に活動を設定すれば、それだけで全員が安心して参加できるわけではありません。活動の進め方やグループの組み方、役割の与え方、個別の支援なども必要です。参加を強制するのではなく、その生徒に合った方法で関われるようにすることが大切です。
それでも、日常の環境そのものを変えることには、大きな意味があります。
一度の成功体験を与えるだけでなく、成功や安心につながる経験が繰り返し生まれる状態をつくる。
それが、デフォルトシフトの考え方です。
人を変えるのではなく、人が変わる条件をつくる
私たちは、生徒に変化を求めるとき、「もっと積極的になろう」「自分から話しかけてみよう」「友達と協力してみよう」と声をかけることがあります。
その言葉が力になることもあるでしょう。しかし、本人が変わろうと努力することだけに期待していては、変化が生まれにくい場合もあります。
人と関わることに不安がある生徒に、ただ積極性を求めても、すぐに行動が変わるとは限りません。
それよりも、安心して話せる相手をつくる。少人数から始める。役割を工夫する。互いの考えを認め合える活動を取り入れる。小さな成功を積み重ねられるようにする。
こうした環境を整えることで、本人の努力だけに頼らず、行動が生まれる可能性を広げることができます。
ここで大切なのは、生徒を特定の姿に変えることを目標にしないことです。
人と関わることが苦手だった生徒が、必ずグループのリーダーになる必要はありません。全員がファシリテーターを目指す必要もありません。
一人で考えることが得意な生徒もいれば、少人数で力を発揮する生徒もいます。話すことより、書いて伝えることが得意な生徒もいます。
目指したいのは、全員を同じ姿にすることではなく、それぞれの生徒が自分らしい方法で可能性を広げられることです。
「苦手だから環境を変えない」のではない
この経験から、私が大切にしたいと考えるようになったことがあります。
それは、生徒が苦手なことに直面したとき、環境を変えない理由にするのではなく、環境を変える理由にしてみるということです。
「この生徒はグループ活動が苦手だから、グループ活動はやめておこう」ではなく、「この生徒も安心してグループ活動を経験できるように、どのような環境や支援が必要だろう」と考えてみる。
「この生徒は人と話すことが苦手だから、無理だろう」ではなく、「どのような相手や方法なら、自分の考えを伝えられるだろう」と考えてみる。
その視点の転換が、生徒の可能性を広げる第一歩になるのではないでしょうか。
人は、今の環境の中で見せている姿だけで、その可能性を決められるものではありません。環境が変わり、経験が変わり、周囲との関係が変わることで、これまで見えなかった姿が現れることがあります。
「苦手だから環境を変えない」のではなく、「苦手な生徒も安心して経験を積み重ねられるように、環境を変える」。
人に変化を求める前に、変化が生まれる条件を整える。
生徒の可能性を、今の姿だけで決めつけない。
それが、私が教育現場で大切にしてきたことであり、デフォルトシフト理論の根底にある考え方です。

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