苦しいときに守ってもらえるかどうか

ある雑誌に、組織の中で人が本当に苦しい状況に置かれたとき、上に立つ人間がどう振る舞うのかについて書かれた原稿がありました。

読んでいて、考えさせられることがたくさんありました。

人は、順調なときに誰が優しかったかよりも、自分が苦しいときに誰がそばにいてくれたかを覚えている。

そして反対に、

「この人は、守ってくれなかった」

という記憶も、長く残る。

そんな内容でした。

組織の中には、過去の実績を誇り、これまでの功績を自分の力のように語り続ける人もいる。

長くその場所にいること。

これまで結果を出してきたこと。

周囲から評価されてきたこと。

それ自体は、もちろん悪いことではありません。

でも、それらが現在の人への向き合い方よりも大きくなってしまったら、どうなるのだろう。

過去の実績に縛られ、

「自分はこれだけやってきた」

という思いが強くなりすぎると、

今、目の前で苦しんでいる人の声が見えなくなることがある。

自分の立場を守ること。

自分の評価を守ること。

自分の仲間内での立場を守ること。

そんなものが、人を守ることより先になってしまったら。

そのとき、組織にいる人は何を感じるのだろう。

雑誌の原稿には、そんなことを考えさせられる事例が紹介されていました。

特に印象に残ったのは、

「守ってくれなかった」

という一言でした。

人は、何もかも自分の思い通りにしてほしいわけではない。

間違っていれば、指導してほしい。

事実があれば、事実として伝えてほしい。

必要なことなら、厳しく言ってほしい。

それでも、

苦しいときには逃げないでほしい。

自分の身を守るために距離を置かないでほしい。

立場の強い側に立つのではなく、

一番苦しんでいる人のところに立ってほしい。

そういうことなのだと思います。

そして、この文章を読んで、私は一つのことを強く感じました。

人は、誰に守ってもらったかを覚えている。

同じように、

誰に守ってもらえなかったかも、覚えている。

これは、立場や肩書きが変わっても消えない記憶なのかもしれません。

だからこそ、組織をつくる人には、

「力のある人」ではなく、

「苦しい人のところに行ける人」であってほしい。

過去の実績ではなく、今、目の前にいる人を見てほしい。

自分を大きく見せることではなく、

誰かが安心して助けを求められる人であってほしい。

そんなことを、この雑誌の原稿から学びました。

そして最後に、一番心に残ったこと。

「守ってくれなかった」と思った記憶は、

簡単には消えない。

人は、忘れたように見えても、

あのとき誰が自分の前に立ってくれたのか、

そして、誰が自分から離れていったのかを覚えている。

この原稿を読んで、

そのことを改めて考えました。

人を大切にするということは、

優しい言葉をかけることだけではない。

その人が一番苦しいときに、

どこに立つのか。

そこに、その人の本当の姿が出るのだと思います。

そして私は、

「守ってくれなかった」

という記憶を、きっと忘れないのだと思います。

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