第3回 矛盾?

多くの先生が、

「主体的・対話的に」
「子ども同士をつないで」
「協働的に」

と言いながら、

教室に入ると、
結局いつもの前向き一斉。

なぜか。

実は、
“やりたくない”というより、

“怖い”

のだと思います。

コの字にすると、

* 子どもの表情が全部見える
* 誰が考えていないか分かる
* 教師が一方的に進めにくい
* 静かにさせにくい
* 管理しにくい
* 予定通り進まない

つまり、
教師側もOS更新を迫られる。

前向き一斉は、
実は教師にとっても「安心」なんです。

進行しやすい。

コントロールしやすい。

授業が崩れにくい。

だから悪ではない。

ただ、
その安心感が強すぎると、

子どもたちは、

「先生を見る」
「先生の正解を待つ」
「先生に評価される」

というモードから抜け出しにくくなる。

ここが難しいところなんですよね。

しかも、
日本の学校文化は長年、

「静か=良い授業」

という価値観も強かった。

だから、
グループ活動で少しざわつくだけで、
不安になる。

でも、本来、

“学び”

って、
少しざわつくものでもあると思うんです。

「あれ?」
「どういうこと?」
「違うんじゃない?」
「それ面白い」

そういう言葉が行き交う空間は、
ある意味、自然なんですよね。

だから最近私は、

“座席配置は教育観”

だと思っています。

黒板中心なのか。

教師中心なのか。

子ども同士が見えるのか。

誰の声が教室に流れるのか。

実は、
座席だけで、
教室のOSが見えてしまう。

もちろん、
いきなり全部コの字は難しいです。

でも、

* 最後の5分だけ向き合う
* 週1回だけ円になる
* 隣と話す時間を固定する
* 「先生ではなく仲間に聞く」を増やす

それだけでも、
OSは少しずつ更新されていく。

完璧なアップデートじゃなくていい。

でも、
「変えようとしている教室」には、
子どもも空気も少しずつ反応していく。

私はそんな気がしています。

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