デフォルトシフト理論⑨なぜ、私たちはデフォルトを変えようとしないのか?

前向き一斉座席配置が当たり前すぎて、変えられることにさえ気づいていない

学校の教室を思い浮かべてみてください。

黒板が前にあり、教卓があり、机と椅子が整然と並んでいる。生徒たちは全員、黒板や教師の方を向いて座っている。

多くの人にとって、これはごく自然な教室の風景ではないでしょうか。

小学校でも、中学校でも、高校でも、私たちはこのような教室で学んできました。そして、教師になってからも、同じような教室で授業をしている人は少なくないと思います。

では、ここで一つ質問です。

なぜ、教室の机は前向きに並んでいるのでしょうか。

もちろん、理由はあります。教師の説明を聞きやすい。黒板やスクリーンが見やすい。全員が同じ方向を向くことで、集中しやすい場面もあります。個人で問題に取り組むときには、前向きの配置が適していることもあるでしょう。

しかし、もう一つ考えてみたいことがあります。

それは、私たちは本当にその座席配置を選んでいるのでしょうか。それとも、最初からそういうものだと思い込んでいるのでしょうか。

「前向きに並べる」という選択を、選択だと思っていない

教室の机を前向きに並べることは、決して間違いではありません。

問題にしたいのは、その配置そのものではなく、なぜその配置にしているのかを考える機会がないまま、当たり前として受け入れてしまっていることです。

例えば、授業で生徒同士の対話を大切にしたいと考えたとします。互いの顔を見ながら考えを伝え合い、友達の意見を聞き、自分の考えを深めてほしい。そんな授業を目指しているにもかかわらず、机はいつも前向きに並んでいる。

もちろん、前向きの配置でも対話はできます。しかし、隣や前後の生徒と話し合うためには、体の向きを変えたり、椅子を動かしたりする必要があります。

一方、コの字型やグループ型にすれば、互いの顔を見ながら話し合いやすくなります。

ここで大切なのは、どちらが絶対に正しいかということではありません。

授業で何を大切にしたいのかによって、教室の環境も変わってよいはずだということです。

ところが、前向き一斉座席配置があまりにも日常的であるために、そもそも座席配置を変えるという発想が生まれないことがあります。

「教室の机は前向きに並べるもの」
「授業とは、教師が前に立ち、生徒が前を向いて学ぶもの」

そうした前提が、知らず知らずのうちに私たちの中に根づいているのかもしれません。

つまり、デフォルトを変えていないのではなく、デフォルトそのものに気づいていないのです。

当たり前になったものは、疑問にすらならない

私たちの身の回りには、こうした「当たり前」がたくさんあります。

学校では、教師が授業を進め、生徒がそれを聞く。職場では、会議の進行役が話し、ほかの人が聞く。家庭では、これまでの役割分担がそのまま続いていく。

それらは、誰かが明確な意図をもって選び続けているとは限りません。

以前からそうだったから。周囲もそうしているから。特に困っていないから。わざわざ変える必要を感じないから。

こうして、ある状態が繰り返されるうちに、それは「選択した結果」ではなく、「最初からそういうもの」として認識されるようになります。

そして、当たり前になったものは、疑問にすらなりません。

ここに、デフォルトシフト理論を考えるうえで重要な問題があります。

人は、変える必要があると感じなければ、変えようとはしません。しかし、それ以前に、今の状態が変えられるものだと気づいていなければ、変える必要があるかどうかを考えることさえありません。

つまり、変化を妨げているのは、必ずしも変化への抵抗感だけではないのです。

今の当たり前を、変えることのできる一つの設定として認識できていないこと。

それ自体が、デフォルトシフトを難しくしているのではないでしょうか。

「今まで問題なかった」が、思考を止めてしまう

前向き一斉座席配置を続けている理由として、「今までそれで授業ができていたから」という考え方があります。

確かに、前向きの座席配置で多くの授業が行われてきました。教師の説明を聞く、板書を写す、個人で問題を解く。そうした学習には適している場面もあります。

しかし、「今まで問題がなかった」ということと、「今の目的に最も適している」ということは同じではありません。

例えば、これからの授業で、対話や協働的な学びをより大切にしたいと考えたとします。そのとき、これまでと同じ座席配置を続けることが本当に適切なのか、一度考えてみる必要があります。

これまでのやり方が間違っていたということではありません。大切にしたい学びが変われば、それを支える環境も見直すことができるということです。

前向きの配置が適している場面もあれば、コの字型やグループ型が適している場面もあります。目的に応じて使い分ければよいのです。

しかし、そもそも座席配置を変えられると考えていなければ、その選択肢は生まれません。

デフォルトを変える第一歩は、気づくことである

では、どうすればよいのでしょうか。

最初から大きく変える必要はありません。

まずは、今の当たり前に目を向けてみることです。

「なぜ、机はいつも前向きなのだろう」
「なぜ、教師が前に立って授業を進めるのだろう」
「なぜ、話し合いのときも同じ座席配置なのだろう」
「この環境は、今の授業の目的に合っているのだろうか」

こうした問いをもつだけでも、見える景色は変わります。

今まで疑問に思わなかったことが、実は一つの選択肢にすぎなかったと気づく。変えられないと思っていたものが、実は変えられると知る。

その気づきがあって初めて、別の方法を考えることができます。

そして、実際に机の配置を変えてみる。生徒の反応を見てみる。対話の様子や学びの深まりを確かめる。必要であれば、また元に戻したり、別の配置を試したりする。

大切なのは、今の状態を無条件に否定することでも、新しい方法を無条件に取り入れることでもありません。

今の当たり前を、目的に照らして見直すことです。

変えられることに気づくこと。それ自体が最初の変化

私たちは、変化を起こそうとするとき、何か新しいことを始めなければならないと考えがちです。

しかし、デフォルトシフト理論では、その前に大切にしたいことがあります。

それは、今の環境や仕組みが、決して変えられないものではないと気づくことです。

前向き一斉座席配置は、教室の唯一の正解ではありません。コの字型も、グループ型も、授業の目的に応じて選ぶことのできる方法の一つです。

そして、これは座席配置だけの話ではありません。

学校のルール、授業の進め方、役割分担、職場の会議のあり方、家庭での習慣。私たちが当たり前だと思っていることの中には、見直すことのできるものがたくさんあります。

もちろん、すべてを変える必要はありません。今の仕組みが目的に合っていて、十分に機能しているなら、そのままでよい場合もあります。

大切なのは、変えるか変えないかを、自分たちで考え、選べるようになることです。

人を変えようとする前に、当たり前を変えてみる。

しかし、そのためには、まず当たり前に気づかなければなりません。

変えられることに気づくこと。それ自体が、最初のデフォルトシフトなのかもしれません。

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