高い壁の向こう側で、あの日の僕らが流した涙の意味

息を切らしてさ、駆け抜けた道を振り返りはしないのさ。 ただ未来だけを見据えながら。

人生の岐路に立つ試験の直前、ふと教えてもらったその歌が、どうしようもなく胸に刺さった。理由は分からない。ただ、聴いた瞬間に涙があふれて止まらなかった。

「これだけやってできなかったら仕方がない」

そう心から言い切れるほど、人生で初めて自分を追い込み、机に向かった日々だった。要領よく器用に生きられない自分が、泥臭くしがみつきながらやった最初で最後の猛勉強。その記憶と歌詞が重なるたび、今でも胸の奥が熱くなる。

人は、環境によって試され、環境の中で磨かれる。 けれど、本当に自分を変えるのは、システムでも効率的なノウハウでもなく、「ここでやり切った」と言えるだけの熱量を注いだ日々の経験なのだと思う。

難しく考え出すと、結局すべてが嫌になって、そっと逃げ出したくなる瞬間は誰にでもある。世の中の正解や型にはまりそうになって、自分の輪郭を見失いかけることもある。

それでも。

「高ければ高い壁の方が、登った時気持ちいいもんな」

そのフレーズに触れたとき、人は自分の限界を自分で決めていたことに気づかされる。安心できる場所から一歩踏み出し、泥臭く目の前の課題と向き合うこと。そのプロセスそのものが、人を人として成長させていく。

試験の結果がどうであれ、あの時流した涙と、あの必死にペンを走らせた時間に嘘はない。

まだ限界だなんて、認めちゃいない。

あの日の僕らがそうであったように、今日も私たちは、まだ見ぬ次の扉をノックするために、それぞれの場所で息を切らしている。

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