【第6回】 「教えすぎ」が主体性を奪う 〜良かれと思って、止めていませんか?〜

こんな場面、ありませんか。

子どもが困っている。
手が止まっている。
何をしたらいいか分かっていない。

そのとき、どうしますか。

多くの先生はこう動きます。
「ここはこうするんだよ」
「次はこれをやるんだよ」
丁寧に説明する。
分かるように導く。

とても大事な関わりです。
でも、少しだけ考えてみてください。
その瞬間、誰が考えているでしょうか。

子どもでしょうか。
それとも、先生でしょうか。

実はここに、大きなズレがあります。

子どもが止まったとき、先生がすぐに埋めてしまう。

するとどうなるか。

子どもは考えなくてよくなる。

そして、こう学びます。

「止まれば、先生が教えてくれる」

これは一見、うまくいっているように見えます。

でも実際には、主体性を少しずつ削っています。

では、どうするか。

答えはシンプルです。

“教える前に、問い返す”

例えばこうです。

「今、何に困ってる?」
「どうしたらよさそう?」
「どこまで分かってる?」

すると、子どもは一度考えます。

言葉にしようとします。

ここで初めて、思考が動きます。

もちろん、すぐに答えは出ません。

沈黙も生まれます。

でも、その時間こそが大事です。

その“間”を奪わないこと。

それが、主体性を育てる関わりです。

そしてもう一つ。

子どもが出した不完全な答えを、すぐに「違う」と直さないこと。

「なるほど、そう考えたんだね」
「その考え、いいね。じゃあここはどう?」

つなげる。広げる。

すると子どもは、

「自分の考えで進めていいんだ」と感じる。

ここに安心感が生まれます。

そして、その安心感の中で、また考えようとする。

主体性は、そうやって積み上がっていきます。

ここで問いです。

あなたの教室は、子どもが止まったとき、すぐに“正解”が与えられる場所になっていませんか。

それとも、立ち止まって考えることが許される場所になっていますか。

主体性とは、最初からうまくできることではありません。

迷いながら、考えながら、少しずつ自分で進めるようになることです。

最後に。

教えることを、少しだけ我慢する。

それだけで、子どもは動き出します。

止まっているように見える時間こそ、実は一番、主体性が育っている時間です。

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