Imagineと、あの“つなぐ歌”

数年前。
コロナ禍のあの空気の中で、ジョン・レノンのImagine が日本語で歌われていた。

離れていても、触れ合えなくても、

「想像してみよう」と。

あれは主張ではなく、祈りだったと思う。

そしてもう一つ。

知る人ぞ知る、
あの大合唱。

We Are the World。

世界的チャリティーソングの日本語版が、
有志のミュージシャンや一般の人たちによって静かに、でも確かに広がっていた。

あのとき感じたのは、「責める」より「つなぐ」ほうが、強いのかもしれない

ということだった。

私がやりたいのは、そっち

正直に言えば、

立場上、政治的な発信には慎重にならざるを得ない。

公務員として、教育に携わる者として、線を越えてはいけない領域がある。

でも――

平和を願うことまで、黙っている必要はないはずだ。

もし、

政治色を出さず、誰かを糾弾する形でもなく、

ただ「つなぐ」ことを目的にした企画があるなら。

Imagineのように“想像する”時間と、We Are the Worldのように“支え合う”姿勢を、

日本語で、みんなで、重ねるような場があるなら。

私は参加したい。

むしろ、教育という形で応援したい。

教育にできる“つなぐ”という仕事

学校は、
誰かを打ち負かす場所ではなく、
誰かと比べ続ける場所でもなく、
本当は「幸せになるためにある」。

そして、「応援される人になるためにある」。

Imagineが問いかけるのは、境界線のない世界を“想像する力”。

We Are the Worldが伝えたのは、違いを越えて“支え合う力”。

それはそのまま、教室で育てたい力と重なる。

・相手の立場を想像する
・違いを否定しない
・弱い立場に目を向ける
・自分にできることを考える

歌は教材にもなり得る。

政治を語らなくても、価値は語れる。

声を荒げるのではなく、声を重ねる

今の時代、強い言葉はすぐに拡散する。

でも、強い言葉は、同時に強い分断も生む。

だからこそ、

声を荒げるのではなく、声を重ねる。

ImagineとWe Are the Worldを“つなぐ”。

想像することと、支え合うことを“つなぐ”。

それなら、立場を越えて参加できる。

それなら、教育の延長線上にある。

もし、そんな企画があるなら

公的に参加できる形で、
誰も排除せず、
誰も断罪せず、

ただ平和を願う。

そんな“宮ザワールド”的な企画があるなら、私は一公務員として、一教育者として、参加したい。

そしてもし、これから誰かがつくるなら、

微力でも、教育というフィールドから応援したい。

ImagineとWe Are the Worldを“つなぐ”。

それが、今の自分にできる平和のかたちかもしれない。

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