年の始まりに、ふと目にした言葉があった。
「禍福は糾える縄の如し」
この一節だけが、しばらく頭から離れなかった。
思うように進まない時間が続くと、人はつい、自分を疑ってしまう。
間違えたのではないか。
あのとき、別の選択があったのではないか。
眠れない夜に、そんな問いが何度も浮かぶこともある。
けれど、立ち止まっているように見える時間も、何もしていないわけではない。
表に出ないところで、次に備える時間なのだと思えるようになった。
焦らず、騒がず、ただ自分を整える。
呼ばれるかどうかは分からない。
それでも、動ける準備だけはしておく。
不思議なもので、そう考えられた瞬間から、少し肩の力が抜けた。
今の姿勢や沈黙を、誰かが評価しているかどうかは分からない。
ただ、どこかで見ている人はいる。
そう信じられるようになった。
禍福は糾える縄の如し
この時間が何につながるのかは、まだ分からない。
それでも、一つの言葉に支えられ、今日を前向きに生き直せた人間が、ここにいる。
だから今日も、静かに、力をためていく。

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