ある本に、こんな一文があった。
「Z世代は、初めて銃を握る世代かもしれない」
この言葉を読んだとき、ドキッとした。
同時に、教育に関わる者として強い問いを突きつけられた気がした。
■ 戦争を知らない世代をどう捉えるか
Z世代は戦争を知らない。
空襲の恐怖も、
食糧難も、
「生き延びた」という言葉の現実も。
しかしそれは「弱さ」ではない。
戦争を知らずに生きられている時代を
私たちが築いてきた証でもある。
問題は別のところにある。
戦争を知らない世代に、
何をどう伝えているのか。
■ 平和教育は感情だけでよいのか
これまでの平和教育は、
・悲惨さ
・苦しみ
・「二度と繰り返さない」
こうした感情的理解を大切にしてきた。
もちろん重要だ。
けれど、それだけで十分だろうか。
悲しい。怖い。かわいそう。
その理解だけで、社会の選択は変えられるのだろうか。
■ 本当に必要なのは「構造の理解」
教育現場で強く感じるのはここだ。
子どもたちは、
・政治と生活のつながり
・選挙と社会の変化
・制度と自分の未来
これを十分に理解できているだろうか。
例えば、
投票率の低下が何を意味するのか。
無関心がどんな結果を生むのか。
ここが抜け落ちたままでは、
平和は“願い”のままになってしまう。
■ 「銃を握る世代」にしないために
もしあの言葉が警告だとすれば、
問われているのはZ世代ではない。
私たち教育に関わる大人である。
・歴史を事実として教えているか
・社会の仕組みを具体的に示しているか
・「自分ごと」に転換できているか
・問い続ける力を育てているか
■ 教育が担うべき3つの視点
私は、これからの教育に次の3つが必要だと思う。
① 記憶を「知識」ではなく「実感」へ
年号や出来事だけではなく、
・人の暮らし
・日常の崩壊
・選択の積み重ね
として伝える。
「そんな時代があった」ではなく
「起こり得る現実」として。
② 想像力を育てる問い
・もし自分の町だったら?
・もし自分の家族だったら?
・もし自分が選ぶ側だったら?
正解を教えるのではなく、考えさせる。
③ 民主主義リテラシー
・選挙 → 政策 → 制度 → 生活
・無関心 → 投票率 → 社会の方向
この流れを明確にする。
社会は誰かが動かしているのではない。
私たちの選択の総和で動いている。
■ Z世代への信頼
忘れてはいけないことがある。
Z世代は、
・人権感覚
・多様性理解
・公平性への意識
これらを自然に身につけている世代でもある。
つまり、
平和を守る感性も十分に持っている。
■ 最後に ― 教育の責任
「初めて銃を握る世代」になるかどうか。
それは世代の宿命ではない。
教育と社会の在り方の結果である。
私たちは何を教えるのか。
何を教えないままでいるのか。
平和は祈るものではなく、
育てるものなのだと思う。

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