気づかないうちに
男は、管理されている感覚がなかった。
監視されているとも思わない。
束縛されているとも感じない。
生活は便利で、快適で、問題もない。
「管理社会、ねえ」
ニュースの言葉を軽く笑った。
「別に困ってないだろ」
それが実感だった。
ある日、端末に通知が届いた。
《あなたの生活は非常に安定しています》
悪い気はしない。
むしろ褒められている気がした。
《行動変動:少》
《選択傾向:標準》
《逸脱指数:低》
「逸脱?」
少し引っかかったが、すぐに忘れた。
次の日。
《社会適合度:良好》
男は苦笑した。
「テストじゃあるまいし」
だが、それからだった。
なぜか最近、
強く怒ることが減った。
無茶な挑戦をしなくなった。
極端な意見を避けるようになった。
「歳のせいかな」
そう思った。
ふと、疑問が浮かぶ。
「……いや」
「本当にそうか?」
端末を開く。
設定画面の片隅。
今まで気にも留めなかった説明文。
《快適な社会環境維持のため
行動・選択傾向の最適化を行います》
男は目を細めた。
「最適化……?」
《個人に負担のない範囲で調整》
調整。
その言葉が妙に残った。
男は椅子にもたれ、天井を見た。
「俺は管理されていない」
そう思っていた。
だが、もしかすると。
「管理されていると感じないように
調整されているだけ?」
端末は静かだった。
ただ表示する。
《社会適合度:極めて良好》
男は小さく笑った。
安心とも、不安ともつかない笑いだった。
――もちろん、これも作り話。
ただ、管理というものは必ずしも
「縛られている感覚」と一緒に現れるとは限らない。

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