番号のある世界③

正しい本人

男は、病院の受付で呼び止められた。

「申し訳ありません。本人確認が……」

カードを差し出す。
いつものことだ。

だが端末は、静かな音を立てた。

ピッ。

《認証できません》

「え?」

《番号が無効です》

男は笑った。

「いやいや、昨日も使いましたよ」

受付の職員は困った顔をした。

「ですが……番号が失効しています」

「失効?」

画面をのぞき込む。

《この番号は既に別の本人に紐づいています》

「そんな馬鹿な」

職員は丁寧に言った。

「システム上、番号と一致する方が正式な本人になります」

「だから俺が――」

言いかけて、言葉が止まった。

画面に表示された顔写真。

そこには、

自分の顔があった。

「……ほら、俺じゃないか」

だが職員は首を振った。

「いえ……あなたではありません」

背中に冷たい汗が流れる。

役所へ向かう。事情を説明する。

窓口の職員は穏やかだった。

「お気持ちは分かります」

「しかし……証明ができません」

「俺はここにいる!」

「俺が俺だ!」

「ですが」

職員は静かに端末を示した。

《現在の正式な本人:確認済》

表示されたのは、またしても――

自分の顔。

「……どういうことだ」

《番号更新理由:より正確な本人特定のため》

男の口から、かすれた声が漏れた。

「じゃあ……俺は?」

職員は少しだけ目を伏せた。

「あなたは“正しい本人ではない”状態です」

数日後。

銀行口座は凍結され、
契約は停止され、
保険は無効になった。

誰も彼を拒絶しているわけではない。

ただ、

「正しい本人ではない」

それだけだった。

男は力なく笑った。

「守られているのは……」

「番号の方か」

――もちろん、これも作り話。
ただ、本人確認というものは
時に“人”より“記録”を信じる。

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