内田樹さんに『先生はえらい』という本があります。
この題名を見て、
「教師を持ち上げる話なのだろうか」
「自己肯定のための言葉なのだろうか」
そう感じる人もいるかもしれません。
でも、内田さんが言う「えらい」は、立派だとか、優れているとか、何でもできるという意味ではありません。
むしろその逆です。
教師は、決して万能ではない。
うまくいかない授業もあるし、迷うことも、悩むことも、傷つくこともある。
それでも、子どもの前に立ち続ける。
その役割を引き受けていること自体が「えらい」のだ、と内田さんは語っています。
学校は、効率や成果だけで割り切れる場所ではありません。
人が人と向き合い、感情を抱えながら関係をつくる場所です。
だから、言葉一つで揺れることもある。
それは弱さではなく、この仕事が「人を相手にする仕事」である証だと思います。
厳しさは必要です。
けれど、恐れさせることと育てることは同じではありません。
安心があるから、子どもは挑戦できる。
失敗しても、もう一度立ち上がろうと思える。
その安心を、日々つくっているのが、私たち教師です。
「先生はえらい」という言葉は、自分を特別視するための言葉ではありません。
この仕事を続けていいのだと、自分自身に許可を出すための言葉です。
学校は、幸せになっていい場所です。
子どもにとっても、そして、ここで働く私たち大人にとっても。
今日も教室に立っている皆さんは、内田樹さんの言う意味で、確かに「先生でいていい人たち」だと、私は思っています。

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