「禍福は糾える縄の如し」という言葉がある。
不幸と幸福は、一本の縄のように撚り合わさり、簡単にはほどけないという意味だ。
ある時、自分は、これまで立っていた場所から一歩離れたところに立つことになった。
理由を語れば説明はできる。
けれど、正解か不正解かだけで切り分けられる話ではなかった。
その後も、周囲は変わらない。
事情を知らない人から、以前と同じように声をかけられることがある。
悪意はない。むしろ善意だ。
だからこそ、そのたびに心の奥が静かに揺れた。
夜、ふと目が覚め、そのまま眠れなくなる日もあった。
気丈に振る舞いながら、
自分の中で整理のつかない時間が続いていた。
そんな折、尊敬する大先輩から年賀状が届いた。
そこには、
「禍福は糾える縄の如し」
という一文と、
今は力を蓄え、呼ばれた時に全力で立てるように、
日々を整えていればいい――
そんな趣旨の言葉が添えられていた。
多くを問われたわけではない。
事情を確かめられたわけでもない。
それでも、その言葉は、不思議なほど胸に残った。
人は、すべてを分かってもらわなくても生きていける。
ただ、誰かがどこかで見ていると感じられるだけで、
今日をもう一度、きちんと過ごそうと思える。
組織もまた、同じなのかもしれない。
そこに注がれてきた時間や労、
積み重ねられてきた仕事を、どれだけ大切に扱えるか。
それが、その組織の強さを決めていく。
働いてきたものを大事にできない組織は、
気づかぬうちに、土台から弱っていく。
禍と福は、今も同じ縄の中にある。
どちらに見えるかは、まだ分からない。
ただ、この時間が無意味でないと信じて、
今日も静かに、自分を整えている。
それでいいのだと、
そう思える夜が、少しずつ増えてきた。

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