学歴や出身、かつていた場所を、今も誇らしげに語る人がいる。
どの世界にも、必ず一定数いる。
けれど、はっきり言っておきたい。
それはもう、価値の証明にならない。
今はAIの時代だ。
知識量、肩書き、経歴の整理なら、機械のほうが圧倒的に正確で、速い。
過去に何をしてきたかは、簡単に並べ替えられ、検索され、比較される。
だからこそ、問われるのはただ一つだ。
「で、今は何ができるのか?」
過去の実績を振りかざした瞬間、その問いが突きつけられる。
しかも、以前よりずっと冷酷な形で。
過去を語らなければ立っていられない人が、なぜか上に残り、評価する側に回っている構造は確かにある。
だが、それは実力の証明ではない。
変わることから逃げ続けた結果、そこに留まっているだけだ。
正直に言えば、過去のラベルで自分を大きく見せようとする姿は、もう痛々しい。
AI時代にそれをやるのは、無防備で、しかも恥ずかしい行為だ。
本当に仕事ができる人は、過去を語らない。
なぜなら、今の成果が語ってくれるからだ。
周囲からの信頼、積み上げた結果、変化への適応力。
それらは、隠そうとしても滲み出る。
一方で、過去にしがみつく人は、今を見られることを極端に恐れている。
「今」で測られた瞬間、空っぽになることを知っているからだ。
同じ場所で働いていても、同じ価値観になる必要はない。
張り合う必要もない。
ただ一つ覚えておけばいい。
過去を振りかざす人ほど、
「今」を問われる時代に、真っ先に置いていかれる。
違和感を覚える感覚は、正しい。
むしろ、その感覚がある人だけが、次の時代に進める。
肩書きではなく、現在地で。
声の大きさではなく、実力で。
AI時代は、もう始まっている。
逃げ場はない。

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