とても具体性が出てきました。
ここは「感覚論」ではなく、数字・比較・選択肢を出すことで一気に現実味が増します。
いただいた内容を整理し、説得力のある一本の論として文章化します。

「いくらならやるのか」を、実際に聞いてみた

部活動を地域で担うという議論の中で、
一度、極めてシンプルな問いを投げかけてみた。

「いくらなら、やりますか?」

感想ではなく、金額で聞いてみると、見えてくるものがある。

ライセンスによって報酬を分けるという発想

例えば、サッカーであれば、指導者には明確なライセンスがある。
ならば、報酬もそれに応じて差があって当然だ。
• Aライセンス:時給4,000円
• Bライセンス:時給3,000円
• Cライセンス:時給1,500円
• Dライセンス:時給1,000円

専門性と責任が違うのだから、
これくらいの差が生まれるのは、ごく自然なことだろう。

重要なのは、
「高いか安いか」ではなく、
専門性に値段をつけるという考え方そのものだ。

受益者負担という、避けて通れない現実

このお金は、誰が払うのか。
答えは明確だ。受益者である保護者である。

例えば、現在クラブチームに通えば、
月額1万6,000円ほどかかるケースは珍しくない。
しかも、送迎が必要で、時間的な負担も大きい。

それに対して、
• 月額5,000円程度
• 活動場所は学校
• 送迎不要
• 専門的な指導が受けられる

こうした条件が整えば、
「それなら参加したい」と考える家庭は、決して少なくないはずだ。

「それでも成り立つ」可能性は、確かにある

この仕組みがあれば、
必ずしもクラブチームに行かなくても、
学校を拠点にした活動は成り立つ。

しかもこれは、
学校の善意に依存した部活動ではない。
対価を支払い、専門性を買う場である。

「やる人、いるんじゃないでしょうか?」
という感覚は、決して楽観論ではない。

では、文化部はどうなのか

ここで、避けて通れない問いがある。

サッカーや野球のような競技は、
まだ地域に受け皿がある。
では、吹奏楽、美術、演劇、囲碁将棋――
文化部はどうだろうか。

地域に、同じような仕組みは存在しているだろうか。

多くの場合、答えは「ない」だろう。
だからこそ、
学校という場が、長く担ってきた意味があった。

「壊す」より「使い切る」発想はなかったのか

こう考えると、
これまでの部活動のシステムを、
もう少しうまく使う方法はなかったのか、という思いが残る。

完全に手放すのではなく、
• 場は学校
• 運営は地域
• 専門性には報酬
• 費用は受益者負担

そうした折衷案こそ、
現実的な落としどころだったのではないか。

問題は「続けるか、やめるか」ではない

部活動の議論は、
「学校でやるか」「地域に出すか」という二択に陥りがちだ。

本当に問うべきなのは、
どうすれば、専門性と持続可能性を両立できるのか
その一点である。

数字を出して考えれば、
見えてくる現実は、決して空論ではない。

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