疲れているときこそ、人間性が出る

忙しいときほど、人の人間性は表れるのだと思います。学校は忙しい場所です。行事、会議、提出物、電話対応。気づけば一日が終わり、「今日も余裕がなかったな」と思う日も少なくありません。そんなとき、ふと自分の姿を振り返って、はっとすることがあります。

私は子どもたちに、よくこう言っています。「言い訳をするな」「人のせいにするな」。ところが、仕事で何か指摘されたとき、自分の頭の中に一瞬こんな言葉が浮かぶことがあります。「いや、それは○○の連絡が遅かったから…」「そもそもあの仕事量は無理だったし…」。口には出さないこともありますが、心の中では理由を探している自分がいる。その瞬間、思うのです。あれ?自分、子どもに何て言っていたっけ。「言い訳するな」。そう言っていたのは、自分だったはずです。

以前、ある提出物の確認が甘く、結果として周りに迷惑をかけてしまったことがありました。そのとき私の頭に浮かんだのは、「でも、この資料わかりにくかったし…」「締切も急だったし…」という言葉でした。でも、その瞬間、自分で自分が恥ずかしくなりました。もし子どもが同じことを言ったら、私はきっとこう言います。「理由の前に、まず自分の責任を考えよう」。その言葉を、今の自分に返さなければならないと思いました。

教師をしていると、「あるある」の場面がいくつもあります。例えば会議の場面です。会議の最中は何も言わず、会議が終わって廊下に出た瞬間、「でもさ、あれってどうなの?」と話し始める。これも、実はよくある光景です。もし子どもが同じことをしたら、私たちはきっとこう言うはずです。「言うなら、その場で言いなさい」。でも、自分はどうだったか。忙しさや遠慮を理由に、言うべきことを言わずに流してしまったことが、一度もないと言えるでしょうか。

もう一つ、よくある場面があります。子どもにはこう言います。「時間を守りなさい」。でも、大人の私たちはどうでしょう。会議の開始時間を少し過ぎてから「すいません、遅れました」と入る。職員室の時計を見て、「まあ、このくらいなら大丈夫か」と思う。もし子どもが同じことをしたら、きっとこう言います。「時間は大事だよ」。その言葉を、自分自身が守れているか。ふと立ち止まることがあります。

さらにもう一つ。子どもには「報告・連絡・相談をしなさい」と教えています。でも、忙しいときほど「あとで言えばいいか」「まあ、大丈夫だろう」と思ってしまうこともあります。気づけば、「それ聞いていません」と言われて「あ…」と思う。そんな経験、教師なら一度はあるのではないでしょうか。

教師という仕事は、子どもに言葉で教える仕事ではなく、姿で教える仕事なのだと思います。だからこそ、忙しいとき、疲れているとき、余裕がないとき、そのときの振る舞いが一番見られているのかもしれません。

正直に言えば、私自身、まだまだです。つい言い訳をしそうになることもありますし、人のせいにしたくなることもあります。でも、そのたびに思います。もしこれを子どもがしていたら、自分は何と言うだろう、と。

教師は、完璧である必要はないと思います。でも、自分の姿を振り返り続けることだけは、やめてはいけないのだと思います。疲れているときこそ。忙しいときこそ。そのときに出る自分の姿が、実は一番の「授業」なのかもしれません。だからこそ、まずは自分から。そんなことを、最近よく考えています。

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