教師を「仕事=ビジネス」と捉える見方があることは理解できます。
確かに教師も職業であり、責任も対価も伴います。
ただ、私は学校を「幸せになっていい場所」だと信じています。
子どもだけでなく、教師も、保護者もです。
「親の一言で教師が潰れる」という言葉は、
弱さの自己弁護ではありません。
人が人を相手にする仕事の重さを表した言葉だと思っています。
暴力や威圧で成り立つ秩序は、一時的には静かになるかもしれません。
しかし、それは「平和」ではなく、恐怖による沈黙です。
恐怖の中で育った子どもは、やがて同じやり方でしか人と関われなくなります。
私は、
厳しさと冷酷さは違う
指導と支配は違う
尊敬と恐怖は違う
そう考えています。
教師が「底辺の仕事」だと思う人がいるなら、それは教師の問題ではなく、人を育てる仕事をどう捉える社会かの問題だと思います。
学校は、誰かをふるい落とす場所ではなく、誰かが「やり直していい」と思える場所であってほしい。
教師を辞める自由があるのと同じように、教師として踏みとどまり、学び続ける自由もあります。
私は、子どもが幸せになるには大人がまず「人として大切にされる感覚」を失ってはいけない。
そう信じて、今日も学校に立っています。

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