「人間が人間として働ける教育に戻す」ということであり、やるべきことは次の三つに尽きる。
・テストを必要以上に課すことをやめる
・通知表づくりに膨大な労力を注ぐことをやめる
・細かな“見える学力”の評価に追われることをやめる
教育は本来、点数のために存在しているわけではない。
ところが、テストと成績評価の比重が過度になったことで、学校が「テスト中心の教育」に寄りすぎてしまっている。生徒は不安を抱え、教師は採点・成績付け・所見に追われ、授業を深める時間が削られている。学びが豊かになるはずの時間が、消えている。
本当は、授業をデザインし、対話を生み、ふり返りを支え、子どもを丁寧に見取ることこそ教師の仕事である。しかし現行の制度では、それをする時間も余裕もない。
教師は「子どものためにやりたいこと」ではなく、「締め切りに追われること」に時間を奪われている。
だからこそ、こう考えていい。
学力を測る部分は、AIや標準テストなど“機械が得意な領域”に任せればいい。
そして教師は、人間にしかできない領域――
・信頼関係
・対話
・つまずきの理解
・自己肯定感の育成
・学ぶ喜びの体験
に、力を注げばいい。
保護者も社会も、実は願っているのは「通知表の文字数」ではなく
“自分の子どもが、人間らしく成長していくこと” ではないだろうか。
「もっと人間らしい教育でいい」
「教師が疲れ果てた状態で教えるより、元気で目の前の子どもを見てくれる方がいい」
そう思った瞬間、教育は大きく変えられる。
現状の学校では、教師は放課後の採点・所見・評価記録・会議・保護者対応・行事・トラブル処理で手一杯になり、それでも終わらず、深夜・休日で補っている。
「できている」ように見えているのは、命や健康を削って帳尻を合わせているからである。
問題は、教師の努力不足ではない。
人間の処理量を超えた仕事を人間に背負わせている仕組みそのものが限界なのだ。
だから、働き方改革の核心はひとつである。
“教師が健康に生きたまま成り立つ教育制度にする”
テストと通知表に支配された働き方を変えれば、
・授業に時間を使える
・子どもに向き合える
・教師が人間のままでいられる
そして、
・子どもの「人間性」が伸びる
これは、教師の都合ではない。
子どものための教育改革である。
AIに任せられるところはどんどん任せていい。
人間にしかできないことを、人間ができるようにするためだ。
大切なのは、点数のための学校ではなく、
人として育つための学校に戻すこと。
そしてその実現のために、
「もっと人間らしい教育でいい」
そう社会全体で認め合うことがスタートになる。

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