内田樹さんは『先生はえらい』という本の中で、教師を「立派な人」や「できる人」として描いているわけではありません。
むしろ、できなさや揺らぎを抱えたまま立ち続けている人として描いています。
教師は、うまくいかない日があって当然です。
子どもに届かなかった言葉もあるし、帰り道に反省ばかりが残る日もある。
それでも翌日、また教室に向かう。
内田さんは、そのこと自体を「えらい」と言っています。
ここで言う「えらい」とは、成果を出しているという評価ではありません。
強いという意味でも、優秀という意味でもありません。
逃げずに、その場に立っていること
人と向き合う仕事を引き受け続けていること
それを、価値として認めていい、という言葉です。
私たちはつい、
「もっとできていないといけない」
「ちゃんと指導できていないのではないか」
と、自分に厳しくなりがちです。
でも内田さんは、教師に完璧さを求めていません。
「揺れながらでいい」
「迷いながらでいい」
「それでも立っているなら、それでいい」
そう言われているように感じます。
学校は、子どもが幸せになっていい場所です。
そして、同時に、教師も幸せであっていい場所です。
疲れる日があっても、立ち止まる日があっても、教師をやっていていい。
今日ここにいる私たちは、内田樹さんの言う意味で、もう十分に「えらい」。
まずはそのことを、自分自身が認めていいのだと思います。

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