クスノキが、何も言わずに教えてくれること

福山雅治さんの「クスノキ」を聴くたび、
私はいつも立ち止まってしまう。

この歌には、
「こう生きろ」「こう考えろ」という
分かりやすい答えがない。

あるのは、
ただ、そこに立ち続けてきた一本の木の存在だけだ。

時代が変わり、
人が入れ替わり、
価値観が大きく揺れ動いても、
クスノキは何も語らず、ただ立っている。

語らずとも、
見てきたすべては年輪となり、
その幹の中に刻まれている。

人はつい、
言葉で伝えようとする。
正しさを説明しようとする。
相手を変えようとしてしまう。

けれど本当に人の心を動かすのは、
何を言ったかではなく、
どう在り続けてきたかなのかもしれない。

教育も同じだと思う。

子どもを急かさず、
結果だけで評価せず、
うまくいかない日も含めて、
「そこに居続ける大人」がいること。

指導するより先に、
信じて待つこと。
語るより先に、
姿勢で示すこと。

クスノキは、
成功も失敗も、
喜びも後悔も、
すべてを引き受けながら、
今日もそこに立っている。

私たち人間にできることも、
もしかしたら同じなのではないか。

すぐに答えを出さなくてもいい。
完璧でなくてもいい。

それでも、
誰かのそばに、
黙って立ち続けられる人でありたい。

福山雅治「クスノキ」は、
そんな生き方を、
静かに問いかけてくる一曲だ。

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