学校で働いていると、毎日いろいろな判断がある。
これをやるべきか。
ここまでやるべきか。
これは今やるべきか。
これは本当に必要なのか。
そして時々、こんな空気も流れる。
「で、結局、何をしたらいいんですか?」
「逆に、何をしない方がいいんですか?」
これはすごく自然なことだと思う。
「目的から考える」ことは大事。
でも、現場はいつもそんなにきれいにはいかない。
忙しいし、時間もないし、判断に迷うこともある。
だからこそ、自分は今年、一つの判断基準を大切にしたいと思っている。
それが、
やるべきことはやる。
やったほうがいいと思うこともやる。
やっちゃいかんことはやらない。
やらんほうがいいと思うこともやらない。
という基準だ。
とてもシンプルだと思う。
でも、シンプルだからこそ強いとも思う。
学校は忙しい。
本当に忙しい。
だからこそ、人は忙しくなると、
• やるべきことを後回しにしたり
• しなくていいことを増やしたり
• やらない方がいいことに流されたり
• 「まあいいか」を積み重ねたり
しやすくなる。
でも、それを積み重ねていくと、学校は少しずつ苦しくなっていく。
だからこそ、まずは自分たち大人が、この基準を持っていたいと思っている。
そして、その姿を通して、子どもたちにも同じように示していける学校でありたい。
この判断基準とセットで、自分が土台にしたい言葉がある。
それが、「人や物や環境のせいにしない」ということだ。
学校では、うまくいかないことがある。
思い通りに進まないこともある。
課題も、トラブルも、当然ある。
そんな時に、人のせいにしたり、環境のせいにしたり、条件のせいにしたりすることは、実はすごく簡単だ。
でも、“せい”にした瞬間に、自分たちの改善は止まる。
もちろん、現実として条件差はある。
環境による難しさもある。
でも、それを言った瞬間に終わるなら、学校は前に進めない。
だからこそ、「じゃあ、その中で自分たちにできることは何か」を考え続ける集団でありたいと思っている。
そして、学校という場所で、一番大事にしたいのはやはりこれだ。
「子どものせいにしない」
子どもが落ち着かない。
話が入らない。
指示が通らない。
学びが深まらない。
そんな時に、「この子たちが…」で止まってしまったら、教育はそこで止まる。
もちろん、子どもに課題がないと言いたいわけではない。
でも、そこで思考を止めないことが大事なのだと思う。
• こちらの関わり方はどうだったか
• 環境設定はどうだったか
• 課題設定は適切だったか
• 伝え方に工夫はできなかったか
そうやって、まず自分たちに問いを返せる大人でありたい。
自分は、それが「子どものせいにしない」ということだと思っている。
学校は、忙しさの中で、大人の都合が前に出やすい場所でもある。
だからこそ、
やるべきことはやる。
やらない方がいいことはやらない。
そして、
人や物や環境のせいにしない。
特に、子どものせいにしない。
この基準を、まずは自分たち大人が持っていたいと思う。
その積み重ねが、きっと学校の空気をつくっていくのだと思う。

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