ここまで2回にわたって、
• 「主体的」と「自主的」は違うこと
• 主体的とは授業の形ではなく、子どもの状態であること
• その状態をつくるのは、方法だけでなく、日常のデフォルト環境であること
を書いてきました。
では、結局、
何を変えればいいのか。
もし、たった一つだけ変えるとしたら、
私はかなり本気でこう思っています。
教室の“デフォルトの座席配置”を変えること。
ここです。
一斉前向きでも、主体的な学びは可能です
でも、育てにくい
最初に、誤解のないように言っておきたいことがあります。
一斉前向きの座席配置でも、主体的な学びは可能です。
力量のある先生は、その環境の中でも、子どもたちの内側に火をつけることができます。
だから、「前向き一斉はダメだ」と単純に言いたいわけではありません。
でも、ここで問いたいのは、できるか、できないか、ではありません。
問いたいのは、どちらの環境の方が、育ちやすいかです。
ここに立つと、かなり話は変わります。
子どもは、「つながる必要がある時」に育つのではない
「つながれるのが当たり前の環境」で育つ
この違いは、とても大きいです。
「今日は話し合いをするからグループにしよう」
「今日は対話が必要だからコの字にしよう」
この発想自体は間違いではありません。
でも、それはあくまで
“特別な時だけ、つながる”
という発想です。
一方で、本当に主体性や対話性が育つのは、
• 仲間の顔が見える
• ちょっとした反応が返ってくる
• 相談が自然に起こる
• 視線がつながる
• 「ひとりぼっち」になりにくい
そういう環境が、特別な時だけではなく、日常としてあること
なのではないでしょうか。
つまり、必要なのは、活動の時だけ形を変えることではなく、最初から“つながりやすい状態”にしておくこと
です。
幼稚園や保育園では、なぜ“輪”が当たり前なのか
ここで一度、原点に戻ってみたいと思います。
幼稚園や保育園では、子どもたちが顔を合わせる「輪」や「サークル」の形が、かなり自然に見られます。
なぜでしょうか。
それは、子どもが人とつながりながら育つ存在だということを、感覚的にも構造的にも大事にしているからだと思います。
ところが、小学校に入った瞬間、急に「一斉前向き」が当たり前になります。
もちろん、そこには学校としての合理性があります。
でも、ここで改めて問いたいのです。
本当に、それが今の教育目標に合っているのだろうか。
主体的・対話的で深い学びを目指すと言いながら、教室のデフォルトが“人とつながりにくい形”のままでいいのでしょうか。
オキシトシンの話を、少しだけ
ここで少しだけ、身体の話をします。
人は、安心できる関係の中にいると、
いわゆる「安心ホルモン」とも言われる
オキシトシンが分泌されやすくなると言われています。
これは、
• 顔が見える
• 視線が合う
• 表情が読める
• 反応が返ってくる
• 「ここにいていい」と感じられる
そういう環境と深く関わっています。
そして、学びというのは、実はこの安心感がないと、かなり起こりにくい。
つまり、主体的に学ぶというのは、
いきなり「頑張れ」と言って生まれるものではなく、安心して、自分を出せる環境の上に立って初めて動き出すもの
なのだと思います。
そう考えると、座席配置の話は、単なる「形」の話ではありません。
これは、
子ども観の話であり、
学び観の話であり、
学校観の話
です。
もし、たった一つだけ変えるなら
だから私は、こう問いかけたいのです。
もし、主体的な学びを本気でつくりたいなら、もし、たった一つだけ変えるとしたら――
何を変えますか?
発問でしょうか。
板書でしょうか。
教材研究でしょうか。
ワークシートでしょうか。
もちろん、どれも大事です。
でも、一番早く、一番コストが低く、一番大きく教室の空気を変えるものがあるとしたら、それは案外シンプルかもしれません。
教室のデフォルトを変えること。
つまり、
• コの字型座席配置
• グループアイランド型座席配置
のような、つながりやすい形を“特別”ではなく“普通”にすることです。
教育を変える時、方法より先に変えるべきものがある
教育の世界では、つい「何をするか」に意識が向きます。
でも本当は、その前に、どんな環境で育てるか、を問う必要があります。
人を変えるのは難しい。
授業技術を磨くのも時間がかかる。
でも、机の配置を変えるのは、一瞬です。
たったそれだけで、
子ども同士の視線が変わる。
反応が変わる。
空気が変わる。
教師の立ち位置も変わる。
教室の意味そのものが変わる。
だからこそ、もしかすると一番最初の改革は、もっと静かで、もっとシンプルなものなのかもしれません。
最後に
「必要な時だけ変えればいい」
その言葉は、一見もっともらしいです。
でも、人はそんなに強い存在ではありません。
だからこそ大事なのは、
必要な時だけ変えることではなく、最初から育ちやすい形にしておくこと
なのだと思います。
もし、主体的な学びをつくりたいなら。
もし、子どもたちが自分で考え、つながり、学びを進める姿を本気で願うなら。
その時に最初に問うべきは、もしかすると授業技術ではありません。
あなたの教室は、子どもを主体的に育てるデフォルトになっていますか。
この問いからしか、本当の改革は始まらないのかもしれません。

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