卒業式前日の練習で、これまでにない感覚に襲われた。
マスクを外した子どもたちの顔が、わからない。
「え、誰だこの子は」そう思ってしまう場面が、何度もあった。
私はこれまで、“人”ではなく、“名札と情報”で子どもを認識していたのではないか。
そう突きつけられたような感覚だった。
これは、正直に言って怖いことだと思った。
顔の表情は、目だけではわからない。
頬の動き、口元のゆるみ、えくぼ、笑い方――
そうした細かな表情があってこそ、人は「その人らしさ」を感じ取る。
マスクは、それらをごっそりと奪っていた。
おそらく、安心感や信頼感に関わるホルモン、いわゆる「オキシトシン」の分泌も、かなり抑えられていたのではないか。
そう考え始めている。
では、マスクによって私たちは何を失っていたのだろうか。
■ マスクによって失われていたもの
・表情の全体像(微細な感情の読み取り)
・共感の伝達(「わかるよ」が伝わる力)
・安心感(相手の柔らかさ・温かさの認知)
・関係の深まり(心理的距離の縮まり)
・雑談の質(ちょっとしたやり取りの豊かさ)
・非言語コミュニケーションの精度
・「その人らしさ」の認識
・場の空気の共有(同じ空間にいる一体感)
つまり、人と人との“あいだ”にあるものが、大きく削がれていた。
■ では、その影響はいつ現れるのか
これが一番怖い問いだと思う。
影響は、おそらくすぐには見えない。
しかし、じわじわと現れる可能性がある。
例えば――
・人との距離の取り方がわからない
・感情の読み取りが苦手
・深い関係を築くことへの不安
・対面コミュニケーションへの抵抗感
こうした形で、数年後、あるいは思春期以降に表れてくる可能性もある。
つまり、今の子どもたちは“欠けた状態のコミュニケーション”で育ってきた世代とも言える。
■ マスクが外せない子へのアプローチ
中には、マスクを外すことに強い不安を感じている子もいる。
この子たちに対して大切なのは、「外させること」ではなく「安心して外せる関係」をつくること。
・教師自身が豊かな表情を見せる
・笑顔やリアクションを意図的に増やす
・小さな成功体験(外しても大丈夫だった)を積ませる
・否定しない(外せないことを問題視しない)
マスクは「防御」でもある。
それを無理に剥がすのではなく、防御がいらなくなる関係性をつくることが重要だ。
■ マスクありのコミュニケーションで起きていたこと
では、マスクをしたままの関係の中では、何が起きていたのか。
・言葉への依存が強くなる
・誤解が増える(表情の補完ができない)
・リアクションが薄く見える
・感情表現が単調になる
・相手への関心が弱くなる
つまり、情報は伝わるが、感情が伝わりにくい状態だった。
■ これから私たちができること
失われたものを嘆くだけではなく、取り戻す視点が必要だ。
・表情を意識した関わり
・対面でのやり取りを増やす
・「感じる」コミュニケーションを大切にする
・名前だけでなく「顔」で覚える意識を持つ
そして何より、子どもたち一人ひとりを、“人として見る”こと。
あの日、「誰だこの子は」と思ってしまった自分に、強い危機感を覚えた。
しかし同時に、気づけたことには意味があるとも思う。
マスクによって見えなくなっていたものは、確かにあった。
でも、それはこれから取り戻していけるものでもある。
だからこそ、今、改めて問い直したい。
私たちは、本当に「子どもを見ているのか」。
顔を、表情を、その子らしさを――
しっかりと見ていきたい。

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