「あ、今日って何の日だっけ?」──憲法記念日を忘れる国で、私たちは何を教えているのか
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忘れてた。
5月3日。朝、何気なくSNSを開いたら「憲法記念日」の文字。
「あ、そうだったっけ」と小さくつぶやいた自分に驚いた。
カレンダーにはしっかり書いてある。なのに、子どもたちには一言も触れずに連休に突入した。
これ、まずいよな…と思った。
子どもたちは、誰から学ぶ?
小学校でも中学校でも、「日本国憲法」について学ぶ機会はある。
でも、それってテストに出る「暗記項目」のひとつにすぎなくなっていないだろうか?
「三大原則って何?」
「主権在民・平和主義・基本的人権の尊重でしょ?」
はい、正解。でも、それがなんなのか、どれだけの子どもが実感をもって答えているだろう。
憲法って、「今」も「自分」に関係あるの?
それまで、国民には「権利」なんて、ほとんどなかった。
「国民主権」も、「戦争の放棄」も、「思想・言論の自由」も。
当たり前じゃなかった。
それが、憲法で初めて保障された。
日本の歴史の中で、まぎれもなく革命だった。
教員こそ、知らなきゃいけないこと
公立学校の教員には、「憲法尊重・擁護の義務」がある(日本国憲法第99条)。
でも、この条文を知っている教員、どれだけいるだろう?
教育基本法も、「憲法の理念」に基づく教育を求めている。
つまり、私たちは「憲法を知らないと、職務が果たせない」立場にある。
けれど、忙しさに追われる日々の中で、それを「思い出す」機会すら失ってしまっているのが現実だ。
じゃあ、どうする?
難しく考えなくてもいい。
まずは「忘れない」ことから始めよう。
5月3日には、ほんの数分でもいい。
子どもたちと「憲法って何だろう?」という話をしてみる。
「なぜあるの?」
「自分の生活とどうつながっているの?」
そんな問いかけが、子どもたちの「気づき」のきっかけになる。
そして何より、私たち大人自身がその意味を考え直す時間にもなる。
憲法は、社会の土台である
憲法とは、単なるルールや知識ではなく、
「私たちはどんな社会に暮らしたいのか」という問いに対する、国としての約束だ。
その根っこには、人として大切にしたい価値や、守られるべき原則がある。
それは、立場や意見の違いを超えて、誰もが共有できる“社会の土台”であるはずだ。
教員として、中立的な立場で
この“土台”について子どもたちと考え合う時間を持つこと。
それこそが、憲法記念日に私たちができる、誠実な営みだと思う。
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