ペイフォワード

やさしさは、渡すもの──誰かから始まるペイ・フォワード

ある日、一本の電話がかかってきました。
地域に暮らすご年配の方からで、声には少し焦りと、そしてあたたかさがありました。

「大切な紙を道に落としてしまって…。お寺さんへの申し込み用紙だったんです。
でも、どこかの子が拾って、お寺さんまで届けてくれたそうなんです。
本当に助かりました。その子に、お礼を伝えてください。」

名前はわからない。でも、誰かの善意が、誰かを確かに救っていた。
そのことだけははっきりと伝わってきました。

落ちていた紙を「ゴミかも」と見過ごさず、
「困っている人がいるかもしれない」と気づき、行動に移す。

それは、見返りを求めない、静かで力強い思いやりの姿でした。


数日後の朝。
私はジョギングをしているとき、歩道の真ん中に落ちていたクレジットカードを見つけました。
迷わず拾い、近くの交番に届けました。

けれど、交番には誰もおらず、30分ほど待つことに。
正直、少し苛立ちもありましたが、戻ってきた警察官がこう声をかけてくれました。

「お忙しい時間に、ありがとうございます。」

その一言で、気持ちがふっと和らぎました。

そして、そのとき心に浮かんだのは、数日前のあの話。
名前も顔もわからない、誰かのやさしい行動です。


善意は、ひとりで終わるものではなく、静かに受け継がれていくことがある。

誰かの思いやりが、別の誰かの心を動かす。
その心が、また別の人の行動を生み出す。

これは、映画『ペイ・フォワード』で描かれている考え方にも通じています。

「誰かに親切にされたら、その人に返すのではなく、
別の誰かにやさしさを渡していこう。」

私はある場でこう問いかけました。

「『ペイ・フォワード』という映画を、見たことがありますか?」

そしてこう続けました。

「詳しい内容はネタバレになってしまうので話しません。
興味があれば、ぜひ自分で観てみてください。」


小さなやさしさを、そっと渡してくれる人がいて、
それを受け取った誰かが、また次の誰かへやさしさを手渡していく。

そんな連鎖が、ふだんの暮らしの中でも、そっと始まっている。
それは、目立たないけれど確かに人をあたためる優しさ。

今日もまた、どこかで誰かの手のひらに、やさしさのバトンが届いているかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました